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世界の音楽情報誌「ラティーナ」

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#沖縄文化

[2021.12]【沖縄・奄美の島々を彩る歌と踊り17】 近代沖縄 芸能を地域に伝えた人物−玉城金三の活躍−

文:久万田晋(沖縄県立芸術大学・教授)  芸能は、時に異能を持つ人物の働きが、極めて広い範囲に影響を及ぼすことがある。戦前期に沖縄本島北部地域に様々な舞踊や芸能を伝えた玉城金三という人物がいる。玉城金三(1878年首里寒川生、1957年没)は、俗称を黄金山という。陸軍歩兵軍曹として日露戦争へ出征し、その後名護間切(現名護市)へ移住した。彼は明治・大正時代を通じて首里と那覇の街の中間にあった寒川芝居の役者としても知られていた。名護に移住後は一時期役者を廃業したと伝えられるが、

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[2021.11]【沖縄・奄美の島々を彩る歌と踊り16】 沖縄・奄美における悲劇の女性伝説と歌

文:久万田晋(沖縄県立芸術大学・教授)  奄美から沖縄本島、そして宮古、八重山の島々には多くの悲しい女性の伝説が伝わっている。これらの島々に暮らす人々にとって、まだ文字もないはるかな昔から、「歌」とは衝撃的なできごとや皆で共有したい感情を心に留めるための、さらには後世に遺し伝えるための唯一の手段であった。いわば、歌とは出来事を人々の心に保管する記憶装置でもあった。  ある悲劇的な結末を迎えた女性がいた。その女性のこと、事件のことは皆で決して忘れず、後世に伝えていかなければ

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[2021.11]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史⑧】日本の敗戦と移民社会

文●月野楓子  10月は沖縄と移民の結びつきを知るのには特別な月であった。というのも、10月30日は「世界のウチナーンチュの日」であり、関連するイベントが目白押しで、1日に複数のイベントが重なることもあるほどの充実ぶりだった。ペルー出身の歌手・アルベルト城間さんや沖縄出身のタレント・りゅうちぇるさんといった著名人・有名人が出演するトークイベントから、国内外の沖縄にルーツを持つ一般の人々が参加するイベント、関連する映画の上映や講演会など、実に多くの企画が行われた。人々は自分の

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[2021.10]【沖縄・奄美の島々を彩る歌と踊り15】 沖縄の豊年祭 −夏の節目を祝う祭り−

文:久万田晋(沖縄県立芸術大学・教授)  沖縄では旧暦八月十五夜前後に、多くの地域で祭りが行われる。この祭りは「豊年祭」と呼ばれることが多い。しかし「豊年祭」とは、日本本土から伝わった言い方であり、沖縄で昔からあった呼び名ではない。この祭りは、いったい何のための祭りなのかについて考えてみたい。  まず祭りの名称についての方言呼称を見てみると、沖縄本島北部では村踊り、本島中部では村遊び、また宜野湾市近辺では廻遊び(数年に一度開催されることに由来)と呼ばれている。また沖縄本島

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[2021.09]【沖縄・奄美の島々を彩る歌と踊り14】 奄美大島のショチョガマ・平瀬マンカイ −夏の節目における稲魂の招来−

文:久万田 晋(沖縄県立芸術大学・教授)  奄美では旧暦8月の初丙をアラセツ(新節)、その後の初壬をシバサシ(柴挿)と呼び、一年で最も重要な節目(折目)となっている。これにドゥンガ(シバサシ後の甲子)を加えてミハチグヮチと呼ぶ。アラセツやシバサシは、たんに奄美にとどまらず南島の島々に広範囲にひろがる夏の大きな節目の行事である。この夏の節目、区切りの時期に後生から戻り来る先祖の霊を歓待する一方で、悪霊を祓い家屋の厄災を祓い清める。そのために奄美各地で行われるのが八月踊りという

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[2021.08]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史⑦】もうひとつの戦争体験

文●月野楓子  オリンピックが終わった。言いたいことは色々あるけれど、ひとまず置いておくとして。  沖縄では、空手の喜友名諒選手が沖縄に初めてのオリンピック金メダルをもたらしたことに沸いた。喜友名選手の行きつけという食堂のおばぁが嬉しさで踊っている様子がテレビで流れ、見ているこちらまで嬉しい気持ちになった。  喜友名選手の母校は沖縄国際大学だ。大学のwebサイトにも早速お祝いのメッセージが掲載された。そこで同時に目に入るのは、8月13日「普天間基地の閉鎖を求め、平和の尊さ

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[2021.08]【沖縄・奄美の島々を彩る歌と踊り13】 八重山のアンガマ −帰還する祖先神との交流−

文:久万田晋(くまだ・すすむ 沖縄県立芸術大学・教授)  沖縄県の南端に位置する八重山の島々では、旧盆(盂蘭盆)のことをソーロン(精霊)と呼ぶ。島によっては、この時期にアンガマといって顔を笠や手拭いで覆い隠した青年男女の一行が集落の家々を歌い踊りながら巡り廻るのである。一行の先頭にはウシュマイ(爺)とンミ(婆)と呼ばれる老人の面を付けた存在がいて、各家で人々と数々の問答を行う。この老人は旧盆にムラに還ってきた先祖の代表すなわち祖先神であり、それに続く一行は祖先神に従う精霊た

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[2021.07]【沖縄・奄美の島々を彩る歌と踊り12】 沖縄の木遣り歌 「国頭サバクイ」

文:久万田晋(くまだ・すすむ 沖縄県立芸術大学・教授)  沖縄の民謡の目立った特徴として、労働歌、作業歌が少ないということがある。日本本土の民謡なら、たとえば田植唄、田草取り唄、麦刈唄、麦搗唄、糸紡ぎ唄、地曳網唄、馬追唄、杭打唄…… というように、ありとあらゆる仕事、作業の工程に関わる民謡が存在する。その裾野の広がりを明らかにすることは、これまでの日本民謡研究の重要な目的のひとつでもあった。ところが、沖縄ではなぜか労働歌、作業歌が少ない。ここでその理由を明らかにすることはで

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[2021.06]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史⑥】「世替わり」の中の移民と文化

文●月野楓子  去る6月23日は「慰霊の日」だった。76年前の今日、沖縄に配備された日本軍の司令官が自決し、組織的な戦闘は一応終結したとされる(以降も離島での戦闘や日本軍による住民殺害、飢餓等によって多くの人が亡くなった)。戦争による惨禍が再び起こることのないよう「恒久の平和を希求するとともに戦没者の霊を慰める」ため、「慰霊の日」が制定された。県内の学校や役所は休みとなり、様々な場所で祈りが捧げられる。  地上での戦いが展開された沖縄戦では20万人以上の人々が命を落とした。

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[2021.06]【沖縄・奄美の島々を彩る歌と踊り11】 沖縄の創作エイサー −伝統性と現代性の競合−

文:久万田晋(くまだ・すすむ 沖縄県立芸術大学・教授)  前にエイサーを紹介した記事(連載第3回)においても、戦後沖縄で始まったエイサーコンクールを通じてエイサーが大きな変貌を遂げたことを指摘した。エイサーはいまや県外各地、そして世界各地にも広がっている。その大きな原動力となったのが1980年代に登場した創作エイサーの団体であり、その嚆矢が後に紹介する琉球國祭り太鼓である。  創作エイサー団体は、従来の地域に密着した青年会エイサーとは、様々な点において違いがある。その違い

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