世界の音楽情報誌「ラティーナ」

[2021.02]【島々百景 第57回】リスボン|ポルトガル

文と写真:宮沢和史  旅についてのインタビューを受ける時、「海外で暮らすとしたらどこがいいですか?」と聞かれることがある。一応今までに旅をしてきた街を思い浮かべてはみるものの意外と思い浮かばない。頭の中で地球儀が一回転回ってやはり日本がいい、という結論になる。当たり前のことだけれ…

[2021.02]ラティーナ流 おいしいワールド・レシピ⑦ ポルトガルの郷土料理 カルド ヴ…

文と写真●宮沢和史 材料(4人分) じゃがいも 大2~3個 玉ねぎ   半分~1個 にんにく  ひとかけ チョリソ(ドライソーセージ)2本 サラミ(トッピング用)4枚 青菜(ケール・ほうれん草など)200g程度 水     1000ml 塩     小さじ1~ (好みの量) オ…

[2020.11]【TOKIKOの地球曼荼羅④】 ポルトガル、運命のファド 〜ファ…

文●加藤登紀子 ① アマリア・ロドリゲスとの出会い  私とファドの出会い、と言えば、ごく当たり前。ファドを代表する歌手、アマリア・ロドリゲスだった。  レコードも発売され、来日公演も何度も見ることができたので、ごく自然に彼女の歌をカバーすることから始まった。  1972年に結婚した後の…

[1983.04]1983年“リスボンの春”

文●井上 憲一   《カーネーション革命》から9年、「犬もほえない」と陰口をたたかれていた ポルトガルも、政策の成功 失敗 で右へ左へ揺れ動くバイタルな国へと変化してきた。「西欧の片田舎」が長い眠りから覚め、動き出したのである。ところで、音楽はいつもそんな動きを反映するもの。ファドの…

[1987.06]ジョゼ・アフォンソの死に一本のカーネーションを…

文●井上憲一  グランドラ・ヴィラ・モレーナ   テーラ・ダ・フラテルニダーデ…  「グランドラ・ヴィラ・モレーナ」の歌とともに、彼の姿を最初に目にしたのは、1982年春、フランスの地方都市ブルジュの、有名なポピュラー音楽祭 ブルジュの春」でのことだ。そしてそれが、僕にとっては、彼との…

[2016.05]マリオ・ラジーニャ【新しい世界の作曲家 - フォークロア、プリミティブ、う…

マリオ・ラジーニャ(Marío Laginha) ●プロフィール 1960年、ポルトガルのリスボン生まれ。ポルトガルで最もクリエイティブな活動を行っていると認められているピアニスト/作曲家。ポルトガルのジャズ・シンガーのマリア・ジョアンのピアニストとしても知られる。 『Ao Vivo No Auditório Ibirap…

[2020.05]ルイーザ・ソブラル〜ポルトガルきっての 人気シンガー・ソングライターはニ…

文と写真●松山晋也   text and photo by SHINYA MATSUYAMA  2017年のユーロヴィジョン・コンテストで優勝したサルヴァドール・ソブラルの「Amar Pelos Dois(二人の愛)」がポルトガルに初のグランプリをもたらした結果、その作曲者として、姉のルイーザ・ソブラルの評価はますます高まった。…

[2018.07]世界のヒップホップ ストリートミュージックは鳴り止まない④ 〜ヨーロッパ…

●フランス 文●山田蓉子 text by YOKO YAMADA  フランスでは90年代初頭にヒップホップが勃興してから今日まで、ラップは常に音楽シーンの中心にいる。20年来トップを走り続けるBooba(ブッバ)は今日のフレンチ・ラップの代表する一人。パリ郊外シテ出身で、タクシー強盗で実刑を食らったことや、…

[2017.10]アマリアに導かれるようにファド歌手になった女性歌手〜カルラ・ピレ…

文●花田勝暁  再興するポルトガルの音楽「ファド」のシーンから、アマリア・ロドリゲスに導かれるようにファド歌手になり、最実力派の中の一人と注目されてきた女性歌手のカルラ・ピレスが来日し、10月末から約一ヶ月全国ツアーを行う。  カルラ・ピレスは、1993年にテレビ局の歌手オーディシ…