世界の音楽情報誌「ラティーナ」

[2021.08]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史⑦】もうひとつの戦争体験

[2021.08]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史⑦】もうひとつの戦争体験

文●月野楓子  オリンピックが終わった。言いたいことは色々あるけれど、ひとまず置いておくとして。  沖縄では、空手の喜友名諒選手が沖縄に初めてのオリンピック金メダルをもたらしたことに沸いた。喜友名選手の行きつけという食堂のおばぁが嬉しさで踊っている様子がテレビで流れ、見ているこちらまで嬉しい気持ちになった。  喜友名選手の母校は沖縄国際大学だ。大学のwebサイトにも早速お祝いのメッセージが掲載された。そこで同時に目に入るのは、8月13日「普天間基地の閉鎖を求め、平和の尊さ

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[2021.06]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史⑥】「世替わり」の中の移民と文化

[2021.06]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史⑥】「世替わり」の中の移民と文化

文●月野楓子  去る6月23日は「慰霊の日」だった。76年前の今日、沖縄に配備された日本軍の司令官が自決し、組織的な戦闘は一応終結したとされる(以降も離島での戦闘や日本軍による住民殺害、飢餓等によって多くの人が亡くなった)。戦争による惨禍が再び起こることのないよう「恒久の平和を希求するとともに戦没者の霊を慰める」ため、「慰霊の日」が制定された。県内の学校や役所は休みとなり、様々な場所で祈りが捧げられる。  地上での戦いが展開された沖縄戦では20万人以上の人々が命を落とした。

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[2021.05]【島々百景 第60回】 大正区 大阪府

[2021.05]【島々百景 第60回】 大正区 大阪府

文と写真●宮沢和史  この『島々百景』は本紙が紙媒体であった頃から続けていて、39話まで来たところで一旦単行本にまとめて発売した。連載開始当初から宮沢が旅をしてきた島々について書き連ねてきたわけだが、単行本になる最後の方では島に限らず、海無し県の山梨県や奈良県についても書いた。「そもそも地球上の陸地は全て“島”じゃないか!」「“島”とは必ずしもアイランドを指す言葉ではない。他所とは一線を隔てた自分たちのテリトリーである“シマ”を指す言葉でもある」という言い訳めいた言い分で武

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[2021.05]【沖縄・奄美の島々を彩る歌と踊り10】 沖縄のハーリー行事 −爬竜船競漕と龍蛇神への願い−

[2021.05]【沖縄・奄美の島々を彩る歌と踊り10】 沖縄のハーリー行事 −爬竜船競漕と龍蛇神への願い−

文:久万田晋(くまだ・すすむ 沖縄県立芸術大学・教授)  沖縄では、旧暦5月4日に各地でハーリー行事(爬竜船競漕)が行われる。この日の朝、沖縄ではハーリー行事の始まりを知らせる鐘が鳴ると梅雨が開けると言われている。これは元々中国中南部に由来する行事であるが、それ以外にタイ、ラオス、カンボジア、ベトナム、ボルネオ、香港、台湾と東アジア・東南アジアの各地で行われている。  爬竜船競漕の起源については、古代中国春秋戦国時代、楚の政治家屈原(くつげん)にまつわる由来譚がある。屈原

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[2021.04]【沖縄・奄美の島々を彩る歌と踊り9】 歌がつなぐ奄美と八重山−騒ぎ歌《六調》の系譜−

[2021.04]【沖縄・奄美の島々を彩る歌と踊り9】 歌がつなぐ奄美と八重山−騒ぎ歌《六調》の系譜−

文:久万田晋(くまだ・すすむ 沖縄県立芸術大学・教授)  八重山には《六調節》(さまわ)という歌が伝わっている。これは、奄美諸島で盛んに歌い踊られる《六調》が伝わったものといわれている。奄美諸島北部の島々では、タネオロシ(餅貰い)などの祭や八月踊り、また様々な宴席の最後に必ずといっていいほど《六調》が踊られる。歌と三線、太鼓の伴奏に合わせて参加者が自由に乱舞するのである。これは沖縄のカチャーシーとよく似ている。奄美《六調》の三線の弾き方は、ギターのストローク奏法のように三線

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[2020.11]【島々百景 第54回】山原(ヤンバル) 沖縄県

[2020.11]【島々百景 第54回】山原(ヤンバル) 沖縄県

文と写真●宮沢和史  2019年10月31日に首里城正殿、北殿、南殿が焼け落ちてから1年が経過した。5度目の再建に向けて集まった寄付金は49億円近くにものぼると聞き、前回の復元から30年近く経って島内はもちろん、全国、いや、世界から愛されるお城であったのだなと改めて実感しているところである。目に見える形としての琉球の尊厳である首里城が焼失した直後の県民の失望感は相当なものであった。彼らの胸中を察するたびにこちらの胸が苦しくなった。“島唄”という歌を作り、沖縄と深く関わるよう

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[2019.11]Traveling to the MIYAZA-WORLD〜宮沢和史の音楽愛を立体化する4日間〜

[2019.11]Traveling to the MIYAZA-WORLD〜宮沢和史の音楽愛を立体化する4日間〜

文●中原 仁 text by JIN NAKAHARA  ザ・ブーム解散後の2016年、健康上の理由もあり表舞台での歌唱活動の無期限休業を発表した宮沢和史が、昨年秋から本格的に再始動。デビュー30周年の今年、新作『留まらざること 川の如く』を発表した。  10月下旬に開催の「宮沢和史・デビュー30周年記念コンサート~あれから~」に続き、11月には「Traveling to the MIYAZA-WORLD~ようこそ宮沢の世界へ」と題するコンサートを行なう。自身の音楽家人生

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[2019.03]歌い遊ぶ沖縄の生命賛歌〜
『登川誠仁&知名定男ライブ!』を聴く

[2019.03]歌い遊ぶ沖縄の生命賛歌〜 『登川誠仁&知名定男ライブ!』を聴く

文●松村 洋 text by HIROSHI MATSUMURA  戦後の沖縄民謡界を支えた巨人のひとり、セイグヮーこと登川誠仁(1932〜2013)が、東京・青山CAYのステージで歌った。サポート役は12歳から登川家に住み込み、民謡修行の日々を過ごした知名定男である。2001年9月5日、登川は満68歳、知名は満56歳。18年前のこの何とも楽しいステージが、先ごろ2時間超の2枚組CD『登川誠仁&知名定男ライブ!〜ゆんたくと唄遊び〜』となってよみがえった。  振り返れば、

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