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#タンゴのうた

[2020.05]タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 連載第28回 わが不在の歌(ミ・カンシオン・デ・アウセンシア)

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA 私にとってタンゴ歌手といえば、ロベルト・ゴジェネチェなのである。それは現役で見ることの出来た数少ない黄金時代を知る歌手の一人だからでもある。あまたのヒット曲をもつゴジェネチェだが、死後に出版された評伝でこの曲が、彼のヒット曲の中で特別な意味を持つ曲だということを知った。 アルバム『オラシオン・ポルテーニャ』  1966年、新興レーベルだったアラニッキー Alanickyの特別企画として、ロベルト・パンセラ作

[2019.02]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第13回 ナーダ(何も無く)

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA 歌のタンゴの話をする時、ほとんどの場合言及されるのは作詞家か歌手である。しかし作曲家の存在も忘れてはいけない。特に今回取りあげるバンドネオン奏者ホセ・ダメスのように、現代でも受け継がれる名曲を3つも残したにもかかわらず、演奏家としてはまったく運のなかったケースではなおさらである。  バンドネオン奏者ホセ・ダメスの作った3大ヒット曲といえるのはこの「ナーダ」(Nada)、「昔の二人(フイモス)」(Fuimos)

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[2018.11]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第10回 メーキャップ(マキジャーヘ)

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA アルゼンチン・タンゴの世界で兄弟両方が演奏家、という例はかなり多い。しかし作詞・作曲ということになると、父子の例はあるが(ホセ・ゴンサレス&カトゥロ・カスティージョ、パスクアル&ホセ・マリア・コントゥルシなど)、兄弟で創作活動をしてきた例は決して多くない。  作詞はオメロ(1918〜1987)、作曲はビルヒリオ(1924〜1997)のエスポシト兄弟である。 ビルヒリオ・エスポシトによる1991年と1993年

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[2019.03]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第14回 最終列車まで

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA 今年(2019年)はアストル・ピアソラ作曲=オラシオ・フェレール作詞の名コンビによる大ヒット曲「ロコへのバラード」(Balada para un loco)が発表されて50年という記念の年にあたる。この「ロコへのバラード」大ヒットの発端となったのは、あるコンクールで2位に入賞したことだった。実はそのコンクールで1位になった別のタンゴがある。  作詞者はフリオ・カミローニ。1911年イタリア中部のアンコーナ生ま

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[2019.11]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第22回 アクアフォルテ(エッチング)

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA この曲を初めて聞いたのはアグスティン・マガルディの歌だったと思う。何ともわびしく、悲しい曲だと思ったものだが、それはマガルディの泣き節のなせる業だったのかもしれない。この曲が史上初の社会派タンゴ、失恋ではなく社会格差を訴えたものだったことを知ったのはだいぶ後になり歌詞の内容を理解してからである。  この曲を作詞したのは歌手のカルロス・マランビオ・カタン。1895年生まれなので、カルロス・ガルデルと大体同世代で

[2019.12]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第23回 淡き光に(ア・メディア・ルス)

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA アルゼンチン・タンゴの5大有名曲には入るぐらい、よく知られたタンゴだ。器楽演奏と歌で同じぐらい録音がある珍しいケースでもある。  作曲者はロイド眼鏡で親しまれた楽団リーダー・バイオリン奏者のエドガルド・ドナート。ブエノスアイレス生まれながら、小さい頃からウルグアイのモンテビデオに移住したので、音楽家としてキャリアをスタートしたのはモンテビデオだった。まだ自己の楽団で華やかに活動し始める前の1925年、モンテビ

[2020.01]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第24回 クローディネット~ラ・ビ・ジェガール

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA 「ブエノスアイレスの灰色の男」...人は彼のことをそう呼んだ。タンゴの作詞家ではなく、あくまでブエノスアイレスの詩人だった。フリアン・センテージャの決して多くはないタンゴ作品は一定のスタイルを持たないが、なぜか印象深い。  ブエノスアイレスを身にまとって生まれてきたかのようなフリアン・センテージャだが、実は生粋のイタリア人、1910年パルマ県のボルゴ・バル・ディ・ナロの生まれ、本名はアムレト・エンリコ・ベルジ

[2020.02]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第25回 ノーチェス・デ・コロン(コロン劇場の夜)

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA タンゴの歴史は長く、今も歌い継がれる名曲が描く舞台はすでに失われてしまったものも多い。タンゴ第一次黄金期のコリエンテス通りは今のコリエンテス通りとはちがう位置だし、かつてのキャバレーやカフェも残っているものはほとんどない。そんな中、世界3大オペラハウスの一つ、コロン劇場は今もブエノスアイレスの栄華の象徴としてあり続けている。  コロン劇場は1888年、五月広場を望む場所に建設されたが、20年後の1908年に現

[2020.03]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第26回 そこにいて(ケダテ)~バイオリンに捧ぐ(アル・ビオリン)

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA  これまでタンゴの歴史を飾ったさまざまな名曲を紹介してきたが、今もタンゴの歌が日々作りだされていることを忘れてはいけない。マスメディアにおけるタンゴのプレゼンスが低くなったために、いわゆる広く親しまれるヒット曲は出にくい状況になったが、今日のブエノスアイレスを歌う曲は絶えず作り出されているのである。  この曲を知る人はたぶん少ないだろう、この1か月ほどの間にやっと日本に到着したラミロ・ガジョ(バイオリン奏者)

[2019.10]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第21回 心ならずも~タルデ(遅かった)

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA 古い世代のギタリストには名作曲家でもあった人が多い。ロベルト・グレラ(「ラス・クアレンタ」)、ホセ・マリア・アギラール(「世の中にはねじが1本抜けている」)、ギジェルモ・バルビエリ(「日曜日のために」)、オラシオ・ペトロッシ(「ガジェギータ」)、エンリケ・マシエル(「パリで死んだ女」)、アルベルト・マストラ(「ミリニャーケ」)、マルシリオ・ロブレス(「カルミン」)などだが、ギター伴奏がタンゴ歌手の定番だった時代

[2019.07]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第18回 下り坂(クエスタ・アバホ)

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA 今年もまた6月24日がやってくる。今から84年前の1935年のその日、コロンビア・メデジン空港を離陸したばかりの飛行機が墜落、南米巡業中のカルロス・ガルデル一行が命を落とした(伴奏ギタリストの一人ホセ・マリア・アギラールだけがかろうじて助かった)。カルロス・ガルデルはその美声と歌のうまさのみならず、「わが懐かしのブエノスアイレス」「場末のメロディ」「想いのとどく日」「閉ざされし瞳」などの名曲の作者としても知られ

[2019.08]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第19回 1945年/マゴージャ

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA マリア・エレーナ・ワルシュ...タンゴ・ファンにはなじみの薄い名前だろう。20歳過ぎでフォルクローレの女性デュオを結成し、欧州で成功、その後児童向けの演劇や音楽で著名になり、1960年代後半には当時の社会を反映した大人のための新しい歌を作り続けた。今回紹介するのはそんな彼女の異色作、珍しくタンゴの形式を使った2曲である。  作者マリア・エレーナ・ワルシュは1930年生まれなので、実際に1945年に15歳だった

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[2019.09]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第20回 君待つ間(フマンド・エスペーロ)

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA 名曲と呼ばれるタンゴの中には何十年もの間ずっと親しまれてきた曲が多いが、時には発表時に猛烈にヒットして、その後忘れ去られ、長い期間を経てひょっこりリバイバルし、今日まで親しまれるようになった曲もあったりする。  1922年に作られたこのタンゴ、実はアルゼンチン製ではない。作曲・作詞はスペイン人で、翌年初演される「ラ・ヌエバ・エスパーニャ」というレビューのために作られた曲だった。作曲は1885年バルセロナ生まれ

[2019.06]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第17回 古道具屋(カンバラーチェ)

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA 歌のタンゴ史の中で社会派タンゴとして筆頭にあがるこの曲。語りつくされた感のある曲ではあるが、実はまだまだ発見がある。  徹底的に世の中を皮肉ったエンリケ・サントス・ディセポロ作のこのタンゴ、実は映画の挿入歌で、マリオ・ソフィッチ監督、リベルタ・ラマルケ主演の映画「バンドネオンの魂」のため1934年に作られた。映画ではエルネスト・ファマがフランシスコ・ロムート楽団のバックで歌ったのだが、この曲のことを知った女性