世界の音楽情報誌「ラティーナ」

[1982.06]連載① アストル・ピアソラ物語〈青春時代〉

[1982.06]連載① アストル・ピアソラ物語〈青春時代〉

この記事は中南米音楽1982年6月号に掲載されたものです。 アストル・ピアソラは、1921年3月11日生まれ。ピアソラの生誕100年を記念し、当時の記事をそのまま掲載いたします。 本エントリーは、3/30(火)までは無料でお読みいただけます。3/31(水)からは、有料定期購読会員の方が読める記事になります。定期購読はこちらから。 文●高場将美  今年1月、ついにアストル・ピアソラが日本にやってくる。ピアソラの音楽をより深いところまで味わうために、この連載をスタートする。

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[1982.07]連載② アストル・ピアソラ物語 〈放浪の時代〉

[1982.07]連載② アストル・ピアソラ物語 〈放浪の時代〉

この記事は中南米音楽1982年7月号に掲載されたものです。 アストル・ピアソラは、1921年3月11日生まれ。ピアソラの生誕100年を記念し、当時の記事をそのまま掲載いたします。 本エントリーは、3/30(火)までは無料でお読みいただけます。3/31(水)からは、有料定期購読会員の方が読める記事になります。定期購読はこちらから。 文●高場将美 1 大学講堂……革命の第一歩 パリの音楽教授ブランジェ女史に自分の音楽を教えてもらったアストル・ピアソラは、バンドネオンを手にし

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[1982.08]連載③ アストル・ピアソラ物語 〈成功の時代〉

[1982.08]連載③ アストル・ピアソラ物語 〈成功の時代〉

この記事は中南米音楽1982年8月号に掲載されたものです。 アストル・ピアソラは、1921年3月11日生まれ。ピアソラの生誕100年を記念し、当時の記事をそのまま掲載いたします。 本エントリーは、3/30(火)までは無料でお読みいただけます。3/31(水)からは、有料定期購読会員の方が読める記事になります。定期購読はこちらから。 文●高場将美 1 ウェルカム・Mr・ピアソラ ニューヨークでの、どちらかというと悲惨な人生でアストル・ピアソラが学んだものは、いわば職業的な責

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[1982.09]連載④ アストル・ピアソラ物語〈ロコの時代〉

[1982.09]連載④ アストル・ピアソラ物語〈ロコの時代〉

この記事は中南米音楽1982年9月号に掲載されたものです。 アストル・ピアソラは、1921年3月11日生まれ。ピアソラの生誕100年を記念し、当時の記事をそのまま掲載いたします。 本エントリーは、3/30(火)までは無料でお読みいただけます。3/31(水)からは、有料定期購読会員の方が読める記事になります。定期購読はこちらから。 文●高場将美 1 出会ったひとびと、失ったもの 占星術の本をおもちなら、どれでもよい、双魚宮(うお座)のところを開いてごらんなさい。そこに書い

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[1982.10]連載⑤(最終回) アストル・ピアソラ物語 〈変化と回帰〉

[1982.10]連載⑤(最終回) アストル・ピアソラ物語 〈変化と回帰〉

この記事は中南米音楽1982年10月号に掲載されたものです。 アストル・ピアソラは、1921年3月11日生まれ。ピアソラの生誕100年を記念し、当時の記事をそのまま掲載いたします。 本エントリーは、3/30(火)までは無料でお読みいただけます。3/31(水)からは、有料定期購読会員の方が読める記事になります。定期購読はこちらから。 文●高場将美 1 ひろがる音楽世界/今日のひびき ブエノスアイレスのたそがれ時……、なにかがある……、でもオレにはうまく言えねえなあ……。酒

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[2021.03]日本のラテンシーンを作ってきた人たち〜ラテン音楽編《中編》〜

[2021.03]日本のラテンシーンを作ってきた人たち〜ラテン音楽編《中編》〜

文●岡本郁生 《前編》はこちら↓ 本エントリーは、3/23(火)までは無料でお読みいただけます。3/24(水)からは、有料定期購読会員の方が読める記事になります。定期購読はこちらから。

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[1982.09]《来日企画》緊急座談会
アストル・ピアソラの音楽

[1982.09]《来日企画》緊急座談会 アストル・ピアソラの音楽

この記事は中南米音楽1982年9月号に掲載されたものです。 アストル・ピアソラは、1921年3月11日生まれ。ピアソラの生誕100年を記念し、中南米音楽1982年9月号より、当時の座談会の模様をそのまま掲載いたします。 《来日企画》緊急座談会 アストル・ピアソラの音楽 出席者 大岩祥浩(ポルテニヤ音楽同好会々長) 京谷弘司(バンドネオン奏者) 湯沢修一(すいよう会々長) 高場将美(音楽評論家)  今秋11月に初の日本公演をおこなうアストル・ピアソラ。これほどの大物にしては

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[1983.01]アストル・ピアソラ インタビュー[初来日インタビュー]

[1983.01]アストル・ピアソラ インタビュー[初来日インタビュー]

きき手:高場将美 1982.11.16 Tokyo アストル・ピアソラ インタビュー 「創造とは楽しみの要素がなくてはいけないと思うんだ。演奏しても楽しめなければ新しいものは創れない。」 アストル・ピアソラは、1921年3月11日生まれ。ピアソラの生誕100年を記念し、中南米音楽1983年1月号より、初来日時のインタビューを掲載致します。きき手は高場将美さんです。 昇ったり降りたりするのは 人生とはそういうものだからさ。 ——まず現在のキンテートのメンバーについて聞きた

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[1981.09]リズムのなかの素顔—ラテン・リズムに魅せられた日本のミュージシャンたち ガット・ギター奏者 佐藤正美

[1981.09]リズムのなかの素顔—ラテン・リズムに魅せられた日本のミュージシャンたち ガット・ギター奏者 佐藤正美

この記事は中南米音楽1981年9月号に掲載されたものです。文章をそのままここに掲載しています。e-magazineLATINAの2021年2月号で紹介した「日本のラテン・シーンを紹介してきた人たち〜ブラジル編」の関連記事としてお読み下さい。なお、傑出したギタリスト佐藤正美さんは,2015年7月、病気でお亡くなりになって居ます。彼が敬愛したバーデン・パウエルと同じ63歳の生涯だったそうです。 文と写真:池上比沙之  最近になって “音楽関係” の職業というのは、一般社会にお

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[2017.08]追悼 高場将美さん

[2017.08]追悼 高場将美さん

文●本田 健治  本誌「ラティーナ」は、1983年までは「中南米音楽」という誌名だった。元々はタンゴやラテンの愛好会の機関誌みたいなものが徐々に発展して行ったものだ。50〜60年代半ばのタンゴ・ブームの頃にはジャズやポップスと並んで洋楽ブームの大きな一端を担った雑誌だった。60年代になってビートルズ旋風が吹き荒れた頃から、ラテン、タンゴの中南米音楽はやや衰退気味だったと聞く。「中南米音楽」の中西社長は目黒・三田の狭いアパートの一室で、いろいろな愛好家たちの手を借りて、この雑