世界の音楽情報誌「ラティーナ」

[2018.02]登川誠仁『せい小やいびーん』〜島うたの最高峰が遺した晩年のライヴ録音

[2018.02]登川誠仁『せい小やいびーん』〜島うたの最高峰が遺した晩年のライヴ録音

文●松村 洋 text by HIROSHI MATSUMURA  「たるんちゅたびやゆくたびゆ/うむいぬくすなこのしけに」  誰もがあの世へと一度は旅立つのだから、この世に思いを残さないように——。  ライヴ・アルバム『せい小やいびーん』の冒頭に収められているゆんたく(おしゃべり)の中で、せい小こと登川誠仁先生はそう言って「これは重大な問題ですよ」と念を押している。たしかに、思いを残したままだと霊魂があの世とこの世を行ったり来たりすることになりそうだ。それでは本人も不

[2020.01]「昔の人が積み重ねてきたことって深すぎます」
〜箏奏者・杉浦充にきく〜

[2020.01]「昔の人が積み重ねてきたことって深すぎます」 〜箏奏者・杉浦充にきく〜

文●松村 洋 text by HIROSHI MATSUMURA  世界各地のさまざまな音楽を聴くが、日本の〝純邦楽〟とはなじみが薄いというかたが、本誌読者にはけっこう多いのではないだろうか。生田流箏曲〈峰と海の会〉を主宰する杉浦充の新作『琴が奏でるおめでたい調べ〜令和、美しき時代に〜』は、そんなかたにも親しみやすいアルバムだ。十三絃の箏に大型の十七絃箏や二十絃箏も加えた編成で、杉浦の自作曲のほか小学唱歌「春が来た」や長唄の「元禄花見踊り」など、誰もが耳にしたことのある曲が

[2019.03]歌い遊ぶ沖縄の生命賛歌〜
『登川誠仁&知名定男ライブ!』を聴く

[2019.03]歌い遊ぶ沖縄の生命賛歌〜 『登川誠仁&知名定男ライブ!』を聴く

文●松村 洋 text by HIROSHI MATSUMURA  戦後の沖縄民謡界を支えた巨人のひとり、セイグヮーこと登川誠仁(1932〜2013)が、東京・青山CAYのステージで歌った。サポート役は12歳から登川家に住み込み、民謡修行の日々を過ごした知名定男である。2001年9月5日、登川は満68歳、知名は満56歳。18年前のこの何とも楽しいステージが、先ごろ2時間超の2枚組CD『登川誠仁&知名定男ライブ!〜ゆんたくと唄遊び〜』となってよみがえった。  振り返れば、

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[2019.04]平成のワールドミュージック ②平成6年〜平成10年

[2019.04]平成のワールドミュージック ②平成6年〜平成10年

●平成6年(1994年) ◆弾ける明るさに心洗われる最高傑作 『りんけんバンド/ゴンゴン』  照屋林賢率いるりんけんバンドは、沖縄の言葉と伝統的な音楽性をベースにした現代的なサウンドで、多くの人に沖縄音楽のすばらしさを教えてくれた。佳曲は数多いが、アルバムとしては林賢の作曲、サウンド・クリエイトの力量がフルに発揮されたこのアルバムが最高傑作だろう。ジャケットに作品が使われている版画家の名嘉睦稔が作詞した「海とぅ島」や桑江良奎作詞の「あやふに」などから、沖縄の大自然が目の

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[2018.11]『ガンジスに還る』 聖地での死と生に寄り添う歌 シュバシシュ・ブティアニ監督にきく

[2018.11]『ガンジスに還る』 聖地での死と生に寄り添う歌 シュバシシュ・ブティアニ監督にきく

文●松村 洋 text by HIROSHI MATSUMURA  ヒンドゥー教の聖地バラーナス(ヴァーラーナスィー、ベナレス)には、ここを死に場所と定めた多くの老人たちが集まって来る。ここガンジス河畔の聖域で死ねば、だれもが解脱を得られると信じられているからだ。  シュバシシュ・ブティアニ監督(1991年生まれ)の『ガンジスに還る』は、バラーナスで死を迎える人たちのための宿泊施設〝解脱の家〟にやって来た老人ダヤーナンド、彼に付き添う息子ラジーヴ、その妻と娘のそれぞれの思

[2018.08]映画評 『ラ・チャナ』

[2018.08]映画評 『ラ・チャナ』

文●松村 洋 text by HIROSHI MATSUMURA  ラ・チャナは1946年、バルセロナ生まれのヒターナ(=ロマの女性)だ。フラメンコに魅了された彼女は14歳から人前で踊り始め、17歳でフラメンコ・ギタリストと結婚した。夫のマネジメントのもと、彼女の才能は大きく開花した。だが、夫は彼女に暴力をふるい、やがて彼女を無理やり引退させ、結局、捨ててしまう。

[2018.09]石川陽子 三味の喜び

[2018.09]石川陽子 三味の喜び

文●松村 洋 text by HIROSHI MATSUMURA  石川陽子にとって、沖縄民謡界の重鎮・大城志津子(1947年、石垣市生まれ)は至高の師である。大城先生のレパートリーを歌った彼女の初アルバム『三味の喜び』からは、師に寄せる全幅の信頼と深い敬意、そして大城志津子をもっと多くの人に知ってほしいという強い思いが伝わってくる。  大阪で生まれ、沖縄で育った石川陽子は、小学4年生から再び大阪で暮らすようになり、祖母が経営する沖縄料理店で民謡に親しんだ。高校生になると

[2017.07]大工哲弘『八重山歌謡全集』が完成

[2017.07]大工哲弘『八重山歌謡全集』が完成

文●松村 洋  大工哲弘は1948年、沖縄県石垣市新川生まれ。受賞歴多数、海外公演体験も豊富な八重山民謡の第一人者だ。今春、大工が八重山地方の伝統歌謡177曲に三線一挺で取り組み、独りで歌いきったCD10巻の『八重山歌謡全集』が完成した。今回の全集について、郷土八重山の歴史と歌のあり方について、大工は気さくに率直に持論を語ってくれた。 ▼ —— この全集の反響はいかがでしたか? 大工哲弘 偉業を達成したねとか、お褒めの言葉をたくさんいただきました。例えば、既存の八重山