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世界の音楽情報誌「ラティーナ」

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#ラティーナ2019年12月号

[2019.12]Adeus, nossa Praça Onze, adeus!!! 日本の《プラッサ・オンゼ》38年史を辿る ― 2019年11月末をもって幕を閉じる、ブラジル音楽の拠点へ捧げるオマージュ― 第3回(最終回)

文●佐藤由美/写真●湯田義雄 text by YUMI SATO / photo by YOSHIO YUDA 本稿は、月刊ラティーナ2019年12月号に掲載されたものです。佐藤由美さんと湯田義雄のご協力で e-magazine LATINA に再掲させていただきました。 「グランドフィナーレ」と銘打たれた11月末までのプログラムは、残すところ僅か。10月30日には初代ウェイターの強靭パーカッショニスト、正規オープン時の達人ドラマー、初期ギター弾き語りの重鎮、85年に初

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[2019.12]オキナワのブラジル 〜ブラジルからサンバチームが沖縄にやって来た!〜

文●翁長巳酉/写真●翁長巳酉&岡部徳枝 text by MIDORI ONAGA / photos by MIDORI ONAGA & NORIE OKABE   何とサンパウロのサンバチーム「アギア・ジ・オウロ」の面々16名が浅草サンバカーニバルの後に沖縄にやってきたのである。アギアとはもう25年以上のお付き合い。やっと沖縄に来てくれたのだ。今回はサンパウロのパウロ・コバヤシ財団の会長や関係者も同行。亡きパウロ・コバヤシ氏はサンパウロ州唯一の日系連邦議員。私がサンパウロ

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[2019.12]タンゴ・フォルクローレと 対峙する冬の一夜 青木菜穂子 セレステ・セプテート

文●宇戸裕紀 text by HIRONORI UTO  アルゼンチンタンゴやフォルクローレのエッセンスを華やかかつ堅実に鍵盤の上に昇華し、世界で活躍を続ける青木菜穂子。最近の主な活動にジョー・パワーズ(ハーモニカ)とのデュオやクアルテート・コンフェイト、トリオ・セレステ、最近ではアルゼンチンより凱旋帰国した奥村友紀(バンドネオン)とのツアーなど息つく間も無く演奏を続けている。その青木菜穂子が北村聡(バンドネオン)、吉田篤(バイオリン)、西谷牧人(チェロ)、大柴拓(ギター)

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[2019.12]Peter Barakan's LIVE MAGIC! 2019 ピーター・バラカンズ・ライヴ・マジック2019

写真と文●石田昌隆 photos & text by MASATAKA ISHIDA  「ピーター・バラカンズ・ライヴ・マジック2019」が2日間、恵比寿ガーデンプレイスの、ザ・ガーデンホール、ザ・ガーデンルーム、ラウンジという3か所のステージで開催された。すでに毎年恒例のイベントとなっていて、今年で6回め。出演者のみならず、フード・マジックと呼ばれているスペースの飲食店まですべて、ピーター・バラカンさんの眼鏡にかなったもので構成されている。  このイベントには毎年、興

[2019.12]SEBASTIAN MACCHI × RISA NAKAGAWA

文●宇戸裕紀 text by Hironori Uto  敬愛するカルロス・アギーレ、ゴンサロ・ディアスと待望の日本公演を終えたセバスティアン・マッキ。そしてセバスティアンが参加するルス・デ・アグアを聴いた時からセバスティアンが築く世界観に強く共鳴するザ・なつやすみバンドの中川理沙。2人に対談形式で、その音楽の源流や風景の捉え方について語りあってもらった。 中川理沙 大好きでずっときてほしいと思っていたので、やっと観られてよかったです。『Aguasílabas』は今年一番

[2019.12]水の音楽家 カルロス・アギーレ

文● 吉本 宏 text by HIROSHI YOSHIMOTO  現代アルゼンチンにおける音楽の思想家ともいえるカルロス・アギーレ。美しい風景を描くような彼の音楽の根底には大いなる自然への敬愛や感謝の念がある。この10月にセバスティアン・マッキ・トリオの一員として来日した彼は、強い絆でメンバーと心を通い合わせた記憶に残る演奏を聴かせてくれた。その根底には互いの深い信頼と愛があった。来日公演を終え、いま彼は何を思うのだろうか。 ── 今回はずいぶんとリラックスしている

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[2019.12]ジョアン・ジルベルト ディスコグラフィー完全版

文●中原 仁 text by JIN NAKAHARA  ジョアン・ジルベルト(1931年6月10日~2019年7月6日)のキャリアは50年、バイーアからリオに来て参加したヴォーカル・グループ、ガロートス・ダ・ルアからスタートした。同グループの2枚のSP盤(51年)ではサンバ人のゼー・ケチ、ウイルソン・バチスタの楽曲も歌っている。  初のソロ録音は52年のSP盤「Quando Ela Sai」「Meia Luz」。叙情的なサンバ・カンサォンの楽曲で、歌唱スタイルは10代か

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[2019.12]ジョアンの音サウンドの秘密

文●中村善郎 text by YOSHIRO NAKAMURA  今年7月6日ボサノヴァの父と呼ばれたジョアン・ジルベルトが亡くなった。2006年の東京公演の模様を収録した映画『ライヴ・イン・トーキョー』の劇場公開とBlu-ray のリリース、スイス人監督によるドキュメンタリー映画『ジョアン・ジルベルトを探して』の公開などもあり、メディアの中でその名を目にする機会が増えた中での訃報だった。彼の登場がなければその後ボサノヴァが世界のスタンダードとして定着する事はなかったかも知

[2019.12]ジョアン・ジルベルトの訃報を知って……

 1977 年のアルバム『Amoroso』のバックカヴァーにあるジョアンの笑顔のポートレイト。NY でこの写真を撮影したのは、日本人写真家の土井弘介氏だった。撮影は1977 年1 月24 日。本号では、表紙写真を含め、土井氏から多くの写真をお借りした。 文と写真:土井弘介 © 土井弘介  ジョアンが亡くなったことはネットですぐに伝わってきた、そしてその悲報は瞬く間に世界中のメディアが報じたようだった、改めて彼の知名度の高さを知る。

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[2019.12]ジョアン・ジルベルトへの手紙

Uma Carta ao João Gilberto, Joãozinho 文●今福龍太 text by RYUTA IMAFUKU  ジョアンジーニョ。  赤紫色に燃える夕暮れの平原の片隅で車を止めた。ふと、きみのささやくような声を聞いたように思ったからだ。ヴィオラォンを持って外に出た。空気は柔らかい。ヤコブの梯子が彼方の雲間から七色の光彩の柱となって、薄明の大地を包み込んでいる。きみが昇っていった天空への階段。  静寂のなかで、ぼくに向かって空から低い声が渦を巻く

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[2019.12]成熟するカイミ家の若き鬼才、 アリシ・カイミ 日本初インタビュー

文●ヂエゴ・ムニス text by Diego Muniz  カイミ家の第三世代を代表する人物、カリオカの(リオ出身の)歌手、コンポーザーは伝統と独自のコンセプトとの間に橋をかけながら、独自路線を開拓する。若干29歳にして、アリシ・マラグッチ・カイミは、ブラジル・ポピュラー・ミュージック界で最も目立ったディスコグラフィーの持ち主のひとりだ。1stアルバムである『Alice Caymmi』(2012)では、ビョークから祖父ドリヴァル・カイミまで非常にバラエティに富んだ選曲をし

[2019.12]宮沢和史、 ジョアン・ジルベルトを語る

文●中原 仁 text by JIN NAKAHARA  11月号に続いてお送りする宮沢和史インタビュー。先月は「Traveling to the MIYAZA-WORLD」(11月開催)の話を聞いたが、今月は宮沢和史の発案と呼びかけで12月4日に開催される「ジョアン・ジルベルト トリビュートコンサート」について、亡きジョアンへの想いも含めて話してもらった。 ▲ ── 21年前、雑誌「ユリイカ」のボサノヴァ特集号で宮沢さんにインタビューして、ジョアン・ジルベルトの音楽

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[2019.12]3MA バラケ・シソコ、ドリス・エル・マルミ、ラジェリの3達人が織り成す 瑞々しいアンサンブル

文と写真●松山晋也 text & photos by SHINYA MATSUYAMA  コラを弾くマリ人のバラケ・シソコ、ウード奏者のモロッコ人ドリス・エル・マルミ、そしてマダガスカルのヴァリの名人ラジェリ。この3人から成るユニット3MAが去る10月に初来日公演をおこなった。アフリカ大陸の三つの異なる撥弦楽器が織り成すアンサンブルは精妙にして自在。コンサートでもその瑞々しい響きに客席からは感嘆の声が上がっていた。  このユニットが誕生したのは2006年。モロッコで知

[2019.12]ジョアン・ジルベルトの財産問題 ~法的係争とファミリーの内紛~

文●岸和田 仁 text by HITOSHI KISHIWADA ジョアン・ジルベルトのファミリー関係  ジョアンの結婚(&離婚)は3回(見方によっては4回)なので、まずはジョアンの家族関係をおさえておこう。  最初の夫人は、言うまでもなく、『イパネマの娘』の歌姫となったアストラッド・ジルベルト。ボサノヴァの米国における大ヒットを共同演出したテナー・サキソフォン奏者スタン・ゲッツと〝秘められた恋〟を交わすことになって、彼女との結婚生活は1959年から1964年までの

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