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世界の音楽情報誌「ラティーナ」

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#ラティーナ2018年10月号

[2018.10]ブラジルフィールドワーク #05 アマゾン シングー川流域 先住民消防団発進!

文・写真●下郷さとみ text & photos by SATOMI SHIMOGO  いまこの原稿をアマゾンの森に囲まれた先住民族の村でハンモックに揺られながら書いている。NPO法人熱帯森林保護団体(RFJ)の代表・南研子さんに同行して、アマゾン川の主要支流のひとつであるシングー川流域の村々を3週間かけて訪ね歩いているところだ。  RFJは、森と川の恵みと共に生きる先住民族の支援を通してアマゾン熱帯林を守るという活動を30年に渡って続けてきた。私は通訳やプロジェクトのコ

[2018.10]風を奏でる音楽家のダイアリー #14 出会い

文●ジョアナ・ケイロス  人生において、まるでシナリオが書かれていたかのような出会いというものがある…… それは進む方向をがらりと変えられてしまう類の出会いで、それが偶然の産物であると信じがたいことがある。磁石のような力がはたらいて引き寄せあい、それは神秘的で、私たちのちっぽけな哲学では説明がつかない。  ときに私たちにインスピレーションを与え、励まされる人との出会いがあったり、またときに知識を共有してくれて私たちの能力を引き出してくれる出会いがあったりする。それから、こ

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[2018.10]島々百景 #32 ハワイ諸島

文と写真:宮沢和史  今から17年前、NHKの単発のドキュメンタリー番組『はるかなる音楽の道 海を渡ったサウダーヂ』のナヴィゲーター役を務めさせていただことがあった。大航海時代にポルトガルが入植した国々、ブラジル、インドネシアのジャワ島、ハワイのオワフ島を続けて旅した事があった。かつて、ポルトガルが多くの有形無形のものをそれぞれの地域に持ち込み、同じく様々なものを持ち帰ることによって、お互いの文化に多大なる影響を与え、受け合ったわけだが、なかでもギターを持ち込んだことにより

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[2018.10]【連載 TÚ SOLO TÚ #222】オルケスタ・デ・ラ・ルス NORA 初めての著書、『人生、60歳まではリハーサル』を出版!

文●岡本郁生 「最初は『日本ラテン化計画』っていうタイトルにしようと思ってたんですよ。でも、こっちの方がインパクトもあるし、ラテンとか縛らないほうがいいのかな?と思って。要は、知らない人にも読んでもらいたい…… ということなんです。」(NORA) 『人生、60歳まではリハーサル』NORA主婦の友社 オルケスタ・デ・ラ・ルスNORA 「オルケスタ・デ・ラ・ルスのNORAが先ごろ、初めての著書『人生、60歳まではリハーサル』を出版した。帯には「日本ラテン化計画着々進行中

[2018.10]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第9回 ママ、私恋人がほしいの

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA 1917年最初の歌のタンゴ「わが悲しみの夜」が登場した時、歌のタンゴは男性が歌うものになった。ほどなく女性タンゴ歌手も登場したが、歌のタンゴは男性の立場で歌う曲が圧倒的に多い。そんな中、歌のタンゴの最盛期である1928年、ウルグアイからユーモラスなヒットタンゴが登場した。  最初の語りがヒントになるが、元来この曲は男性歌手が、元気でおませな女の子を模して歌うというコミカルなタンゴなのであった。作曲はラモン・コ

[2018.10]連載 太平洋の向こう岸からの手紙 #16 『ロリ』

文●フアン・フェルミン・フェラリス  これは前回の記事「メキシコ・ツアー」に含めようと思っていたものです。私の滞在中にツアーを行った彼女に唯一会えるのは空港でした。彼女はロリ・モリーナ。リサンドロ・アリスティムーニョとともにアルゼンチンのインディペンデントな音楽家を最も代表するとても活動的なシンガーソングライターです。ロリとメキシコで会えるのは贅沢なことで、次はアルゼンチンに戻って来るのを待たなくてはいけません。ロリは1年以上メキシコに滞在したままです。友人のアルゼンチン人

[2018.10]タンゴダンス世界選手権2018レポート 今年の選手権は海外勢が大活躍!

文●本田 健治 / 写真●本田 健治 & ディアナ・アツミ text by KENJI HONDA / photos by KENJI HONDA & DIANA ATSUMI 市最大のイベントのひとつに成長 タンゴダンス世界選手権は、2003年に始まった時と比べると、16回目の今となっては凄い成長ぶりで、途中で現在のマクリ大統領が2007年に市長になったとき以来、かなり大型イベントとして市民に支持されるようになっている。スタッフの数も桁違い、決勝の会場も大型ステージを配置

[2018.10]特集:音楽とラジオとエッセイと 〜あなたの部屋に「ラジオ」はありますか?

文●久間珠土織  最近「ラジオ」を聴きましたか?  今やパソコンやスマートフォンから全世界のラジオステーションのプログラムを聞くことができる、そんな便利な時代だから、もっと「ラジオ」を身近に感じて欲しい!  遠い昔を思い出した。私が育った部屋には、いつも「ラジオ」があった。机は決まって窓際。それは、空を眺めながら「ラジオ」から流れる「音楽」を聴くのが好きだったから。  日曜の朝は9時に起きて、オレンジジュース、目玉焼きにサラダ、トースト、そしてコーヒーをお気に入りの

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[2018.10]特集:音楽とラジオとエッセイと 「サウージ!サウダージ...」 30周年!

文●中原 仁  1988年の夏。フリーランスのディレクターとしてFM東京で多くの番組を制作した後、開局前のJ–WAVEに入社してチーフ・プロデューサーの任についた斎藤日出夫さん(現会長)から「日曜の夕方にブラジル音楽を軸とする番組の枠を作った。君に制作を任せるので企画とタイトルを考えよ」とのミッションが下った。  24時間×7日の生活サイクルの中で、他にはない特別な感情を喚起する日曜の夕方に、感情表現が豊かなブラジル音楽は絶対にハマるとの確信があり、タイトルも、曜日と時間

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[2018.10]特集:音楽とラジオとエッセイと 〜ジャレット、バッハ、ショスタコービッチ

文●中島ノブユキ  パリに移住して1年が経とうとしている。今この原稿を書く前にふと思い立って自宅の作曲部屋の窓ガラスを掃除した。ここに住み始めてから一年が経った。窓の掃除をしたのは初めてだ。

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[2018.10]特集:音楽とラジオとエッセイと 〜サッカーという音楽

文●今福龍太  ブラジルにおける「サッカー」(フチボル)という一つの宇宙が、数多くの音楽家たちのインスピレーションの源泉になってきたことは、しばしば語られてきた。けれど、ブラジルではサッカーが音楽のテーマになってきた、という言い方はあまりにも表面的な紋切り型というべきだろう。ブラジルでは、人は誰でも、サッカーという揺籃のなかの赤子として生まれ、ジンガのリズムに揺れながらいつのまにか身体にサッカーの律動を宿し、ボールとともに機知あるサンバのステップを踏みはじめる。だから、サッ

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[2018.10]特集:音楽とラジオとエッセイと 〜ラジオの大国にて

文●旦 敬介  僕がブラジルに一番長く住んでいた1990年代前半は今から考えると、音楽のメディアの大転換の真っ最中にあった。販売されている音楽のメディアの中心はブラジルでは当時はまだLPレコードで、多くが同時にカセットでも販売されていた。LPレコードのカバーの裏の隅のほうには、"Disco é cultura"(レコードは文化)という決まり文句(著作権侵害への戒めだったのか)とともに、「カセットでも販売中」とも印刷されていて、カセットのことがしばしば「K7」(カセッチ)と省

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[2018.10]特集:音楽とラジオとエッセイと 〜まさかのクラシック

文●星野智幸  初めて自分で買ったレコードは、まさかのクラシックだった。カラヤン指揮、ベートーヴェンの交響曲『田園』と『英雄』のカップリング。横浜市の小学生の高学年のころで、二子玉川園(当時)の高島屋に入っている新星堂まで遠出して買った。  こう書くと、ハイソな家庭に育ち、小ぎれいにしている親のもと、週一でヴァイオリンなどを習っていて、ときどき革靴を履く子どもをイメージするかもしれないけれど、もちろん私の記憶にそんな自分は存在しない。文化的には貧しい家庭環境だった。

[2018.10]特集:音楽とラジオとエッセイと 〜フロリディータで会おう

文●柳原孝敦  2017年3月に一週間ほどハバナに滞在したときに気になることがあった。五分おきに、というと大げさだが、それだけ頻繁に「チャン・チャン」が耳に入ってきたことだ。言わずとしれた世界的大ヒットアルバム『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』冒頭の一曲だ。旧市街のレストランや酒場などにいると、こっちの店にもあっちの店にも流しの楽団がやってきて演奏を始める。楽団によってレパートリーの違いはあるが、決まって一度は「チャン・チャン」を演奏するのだ。こっちの店に楽団がいなくなる