世界の音楽情報誌「ラティーナ」

[2021.04]日本のラテンシーンを作ってきた人たち〜ラテン音楽編《後編》〜

[2021.04]日本のラテンシーンを作ってきた人たち〜ラテン音楽編《後編》〜

文●岡本郁生 《前編》《中編》はこちら↓  本エントリーは、4/13(火)までは無料でお読みいただけます。4/14(水)からは、有料定期購読会員の方が読める記事になります。定期購読はこちらから。 ※《中編》で書いたオルケスタ246結成の経緯について、石山実(現:実穂)さんからご指摘をいただきました。  青山『ロブロイ』で松岡直也さんとセッションを始めたときのパーカッションは石山さん、斎藤不二男さん、ラリー寿永さんでしたが、やがて、石山さんと斎藤さんが脱退し、ソンの楽団で

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[2021.03]日本のラテンシーンを作ってきた人たち〜ラテン音楽編《中編》〜

[2021.03]日本のラテンシーンを作ってきた人たち〜ラテン音楽編《中編》〜

文●岡本郁生 《前編》はこちら↓ 本エントリーは、3/23(火)までは無料でお読みいただけます。3/24(水)からは、有料定期購読会員の方が読める記事になります。定期購読はこちらから。

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[2019.07]【連載 TÚ SOLO TÚ #230】追悼 日本サルサの草分け的存在
イラストレーター 河村要助

[2019.07]【連載 TÚ SOLO TÚ #230】追悼 日本サルサの草分け的存在 イラストレーター 河村要助

文●岡本郁生  死ぬときは別。  言葉の意味はわかっているつもりだったが、その痛みを実感する日がこんなにも早く訪れようとは思わなかった。  日本を代表するイラストレーターであり、1970年代の初頭からサルサという音楽を先頭に立って紹介してきた張本人、素晴らしい文章で我々を未知の世界へといざなってくれた天才、河村要助が75歳であの世へ旅立ってしまったのである。  1970年代の頃の河村要助  河村要助という名前を最初に意識したのは高校生のとき、ニッカの「黒の、50」と