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世界の音楽情報誌「ラティーナ」

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#サルサ

[2021.04]日本のラテンシーンを作ってきた人たち〜ラテン音楽編《後編》〜

文●岡本郁生 《前編》《中編》はこちら↓  本エントリーは、4/13(火)までは無料でお読みいただけます。4/14(水)からは、有料定期購読会員の方が読める記事になります。定期購読はこちらから。 ※《中編》で書いたオルケスタ246結成の経緯について、石山実(現:実穂)さんからご指摘をいただきました。  青山『ロブロイ』で松岡直也さんとセッションを始めたときのパーカッションは石山さん、斎藤不二男さん、ラリー寿永さんでしたが、やがて、石山さんと斎藤さんが脱退し、ソンの楽団で

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[2021.03]ラティーナ流 おいしいワールド・レシピ⑧ ワカモレ(アボカドのサルサ)〜Guacamole〜

文●鈴木多依子 写真●フランコ・イダルゴ・ソト(Franco Hidalgo Soto)  メキシコ料理と言えばタコス、タコスに欠かせないのがサルサ(スペイン語で「ソース」の意味)。そしてそのサルサの代表格がアボカドベースのワカモレ。スペイン語では「Guacamole」と書き、メキシコでは「グアカモーレ」と発音します。もともとは先住民族の言語でワカ=アボカド、モレ=サルサが語源とされています。  なのでメキシコの街角ではアボカドが入ったサルサなら大体ワカモレとみんな呼んでい

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[1982.08]オルケスタ・デル・ソル インタビュー「個々の約束ごとが気持ちのいいアンサンブルを生む、それがラテンの醍醐味である」

特集「日本のラテンシーンを作ってきた人たち〜ラテン音楽編」に関連して、中南米音楽1982年8月号掲載の「オルケスタ・デル・ソル」のインタビューを当時の文章のまま、e-magazine LATINAに掲載します。 本エントリーは、3/28(日)までは無料でお読みいただけます。3/29(月)からは、有料定期購読会員の方が読める記事になります。定期購読はこちらから。

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【追悼】[1991.10]今も変わらぬ貫禄のステージを見せつけた "エル・マエストロ" ジョニー・パチェーコ

文●山口元一 texto por GEN-ICHI YAMAGUCHI サルサのレジェンド、ジョニー・パチェーコが2021年2月15日、85歳で亡くなりました。 以下の記事は、月刊ラティーナ1991年10月号に掲載されたものです。追悼の意を込め、ここに再掲致します。  7月23日、東京渋谷のクラブ・クアトロ。“エル・マエストロ” ジョニー・パチェーコの自己の楽団としては初めての来日公演である。が、薄暗いフロア内は多数の椅子とテーブルが並べられているにもかかわらず空間が目立

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[2020.10]NORA|¡¡Salsa es mi energia!!【特集:都市物語】

文●NORA(オルケスタ・デ・ラ・ルス) NORA●プロフィール 世界的な人気を誇るサルサバンド「オルケスタ・デ・ラ・ルス」のメインヴォーカル&作詞作曲家。 1984年、オルケスタ・デ・ラ・ルス結成。1987年、単身デラルスのデモテープを持ってNew Yorkに乗り込み、ライブツアーの約束を取りつけ、1989年に自費によるNew Yorkツアーを決行。このツアーで大ブレイクし、1990年BMGビクターより「DE LA LUZ」で国内、海外デビュー。このアルバムが全米ラテンチ

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[2012.10]【連載 TÚ SOLO TÚ #152】オルケスタ・デ・ラ・ルスのNORA出演 クラサオ・ノース・シー・ジャズ・フェスティバル

文●岡本郁生  オルケスタ・デ・ラ・ルスのNORAが8月末、〈クラサオ・ノース・シー・ジャズ・フェスティバル〉に出演。セルヒオ・ジョージのオール・スターズをバックに歌って来たという。クラサオでジャズフェス? しかもセルヒオ・ジョージ?…… というわけでさっそくご当人に話を聞いた。 写真:右=NORA、中大=サルサ・カリエンテ・デル・ハポンのステージ 中上小=オスカル・デ・レオンと 中中小=ルイス・エンリケと 中下小=チャーリー・サーと 左上小=ホセ・アルベルトと 左中小=

[2020.03]世界を席巻するラテン音楽パワー

文●岡本郁生 text by IKUO OKAMOTO  毎年全米で1億人が見るというナショナル・フットボール・リーグ(NFL)のスーパーボウル。去る2月2日に行われた「第54回スーパーボウル」のハーフタイム・ショウは、現在の米国社会の現実を如実に反映した内容であった。メイン出演者はシャキーラとジェニファー・ロペス(以下、J.LO)というラテン・ディーヴァふたり。力強くヴァイタルなそのパフォーマンスは、米国はじめ世界を席巻しているラテン音楽のパワーを象徴するものであり、同時

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[2020.03]【連載 TÚ SOLO TÚ #238】 ベーシスト ジーン・ペレス 〜ウィリー・コロンのNYにおける必要性を感じた夜〜

文●岡本郁生  17年ぶりのエレメンツ・オヴ・ライフはやはり素晴らしかった。  マスターズ・アット・ワークでも活躍するDJのルイ・ベガが率いるバンド・プロジェクト、エレメンツ・オヴ・ライフが前回ブルーノート東京で公演を行ったのは2003年。まだ新人だったラウル・ミドンが大きくフィーチャーされた、めくるめくダンサブルなステージの様子はいまでもハッキリと蘇ってくる。去る2月4日(火)と5日(水)に再びブルーノート東京に登場した彼らは、3人の女性歌手に加え、パーカッションにルイ

[2018.06]【連載 TÚ SOLO TÚ #218】プエルトリコを代表する、当代随一のサルサ歌手 ビクトル・マヌエル、最新アルバム『25/7』をリリース!

文●岡本郁生  プエルトリコを代表するサルサ歌手、ビクトル・マヌエルが、最新アルバム『25/7』をリリースした。  〝24/7〟といえば、1日24時間・週7日・休みなしに、という意味になるだろうが、ではいったい〝25〟とは? ……そう!1993年、アルバム『フスト・ア・ティエンポ』でデビュー以来、今年がちょうど25年になるのだ。これをモジっての『25/7』なのである。 アメリカフロリダ州、オーランドでのライヴポスター  93年といえば、マーク・アンソニーがサルサ界にデ

[2017.11]【短期連載】 The Latin Music is a Tramp! #4 ジミー・ボッシュ

文●山本幸洋 近年のジミーといえば、エディ・パルミエリの来日公演には欠かせない存在だ。ここ10年ほどエディは往年のハードなサルサを復活させ、長年愛用したCP70Mからグランド・ピアノに切り替えて、あのリフでオーディエンスをノックアウトしてきた。その傍らにはジミーのトロンボーンが常にある。(2017年7月11日、都内にて。協力:ブルーノート東京) 写真提供/BLUE NOTE TOKYO 撮影/ グレート・ザ・歌舞伎町 —— 59年ニュージャージー州ホーボーケン生まれ。ボ

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[2017.10]【連載 TÚ SOLO TÚ #210】ニューヨーク・ラテン界の7人が奏でるストリートのサウンド アルトゥーロ・オルティス

文●岡本郁生  もう30年になるのか……。1987年12月のウィリー・コロン来日公演は、いまだに鮮烈に記憶の中に刻みつけられている。  コンサート自体ももちろんそうなのだが、筆者にとってもっとも印象的だったのは、イラストレーターの河村要助さんに誘われて見に行ったサウンド・チェックである。  新宿・歌舞伎町。いまはゴジラが乗っかった巨大ビルとなってしまった同じ場所にかつてあったのが、数々の名物公演で知られた新宿コマ劇場だ。その地下1階にあったシアターアプル。たしか午後4時

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[2017.08]【連載 TÚ SOLO TÚ #208】パナマのサルサを熱くする第二弾がついにリリース! ルベン・ブラデスとロベルト・デルガードの最強タッグ

文●岡本郁生  ルベン・ブラデスの活動が活発だ。 ルベン・ブラデス  現在、故郷のパナマを拠点とする彼は2015年、オルケスタを従えたサルサ・アルバム『ソン・デ・パナマ』を発表。さらについ先ごろ、その第2弾『サルサ・ビッグ・バンド』をリリースした。いずれも力のこもった中味の濃い作品であり、さすがルベンだ、とうならせられる素晴らしい内容となっている。 ルベン・ブラデス・コン・ロベルト・デルガド&オルケスタ『ソン・デ・パナマ』(2015年)  最近のルベン・ブラデスとい

[2017.06]【連載 TÚ SOLO TÚ #206】2017年ならではの作品が次々とリリース! オスカル・エルナンデス、イシドロ・インファンテ

文●岡本郁生  ニューヨーク~プエルトリコのラテン音楽シーンを長年に渡って牽引してきたピアニスト/プロデューサーのふたり…… オスカル・エルナンデスとイシドロ・インファンテが相次いでニュー・アルバムを発表した。一方はラテン・ジャズ、もうひとつはサルサと、音楽的には異なっているが、ある意味で、両方ともまさにいま、2017年ならではという内容の作品となっている。  まずはオスカル・エルナンデス。最近ではスパニッシュ・ハーレム・オーケストラのリーダーとして知られるが、1970年

[2017.03]【連載 TÚ SOLO TÚ #203】サルサ新時代の開拓を自ら押しすすめる大ベテラン! ボビー・クルスの新企画サルサ・ファクトリー・バンチ

文●岡本郁生 「新時代のサルサを作るのが目的だ。新しいスターがいないから、サルサは世界中で下火になっている。人々はいまだに70年代の音楽を聞いているが、ファニアのスターたちは次々に亡くなっているしね……」 サルサ・ファクトリー・バンチを立ち上げたボビー・クルス  と語るのは、プエルトリコ出身、長年リッチー・レイと組んで活躍してきた歌手のボビー・クルスである。確かに、ファニア・オール・スターズのザ・チーターでのライヴ(1971年)に出演していた人たちの中で、いまだにピン