世界の音楽情報誌「ラティーナ」

[1983.04]1983年“リスボンの春”

[1983.04]1983年“リスボンの春”

文●井上 憲一   《カーネーション革命》から9年、「犬もほえない」と陰口をたたかれていた ポルトガルも、政策の成功 失敗 で右へ左へ揺れ動くバイタルな国へと変化してきた。「西欧の片田舎」が長い眠りから覚め、動き出したのである。ところで、音楽はいつもそんな動きを反映するもの。ファドの国ポルトガルで はどうだろう。 革命からちょうど9年後の4月9日、総選挙の真只中 のリスボンに足を向けた。 やはり聴こえてきた、新しい歌が… 「ファドの国」へ  空港出発ロビーのテレビが、フ

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[1987.06]ジョゼ・アフォンソの死に一本のカーネーションを…

[1987.06]ジョゼ・アフォンソの死に一本のカーネーションを…

文●井上憲一  グランドラ・ヴィラ・モレーナ   テーラ・ダ・フラテルニダーデ…  「グランドラ・ヴィラ・モレーナ」の歌とともに、彼の姿を最初に目にしたのは、1982年春、フランスの地方都市ブルジュの、有名なポピュラー音楽祭 ブルジュの春」でのことだ。そしてそれが、僕にとっては、彼との最後の出会いともなってしまった。  彼のファースト・ネームはジョゼ、ファミリー・ネームはアフォンソ、ともにポルトガルではありふれた、きわめてポピュラーな名である。ポルトガルの人々は、敬意と親

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