世界の音楽情報誌「ラティーナ」

[2021.01]【太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ⑥】チューク環礁の恋の歌、青春の歌
―その甘くてエモい、日常のサウンドスケープ―

[2021.01]【太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ⑥】チューク環礁の恋の歌、青春の歌 ―その甘くてエモい、日常のサウンドスケープ―

文●小西 潤子(沖縄県立芸術大学教授)  チューク(旧トラック)環礁の人々は、ミクロネシアでは「歌や踊りが上手い」と評判。今ではあまりなじみがないかも知れませんが、1922年に現・パラオ共和国のコロール(2020年12月号で紹介)に南洋庁が設置される前、1914年日本海軍が司令部を置いたのがチューク環礁の Dublon島(Tonoas または夏島)でした。さらにそれに先立つ1892年2月、Weno島(Moenまたは春島)に上陸して単独で貿易を始め、首長Manuppisの長女

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[2020.11]【太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ④】アンガウル島から消えたサウンドスケープ ―リン鉱石採掘場での異文化接触と行進踊りの拡散―

[2020.11]【太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ④】アンガウル島から消えたサウンドスケープ ―リン鉱石採掘場での異文化接触と行進踊りの拡散―

文●小西 潤子(沖縄県立芸術大学教授)  本連載のキーワード「サウンドスケープ」は、カナダ人作曲家M.シェーファー(1933〜)による造語で、「音の風景」を意味します。「春はあけぼの…」で始まる清少納言の『枕草子』に、「秋は夕暮れ…日入りはてて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず」と、自然の音を愛でる一節がありますよね。古くから音を愛でる文化が育まれた日本だからこそ、1980年代半ば以降、サウンドスケープの考え方が受け入れられたのでしょう。  1960年代北米のエコ

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