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世界の音楽情報誌「ラティーナ」

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#青木誠

[1985.05]ナラ・レオン インタビュー─ ボサノヴァから現在をつなぐナラの風景 ─

文●青木誠 写真●浅田英了 この記事は月刊ラティーナ1985年5月号に掲載された記事です。青木誠さんのご協力でe-magazine LATINA にも掲載致します。 ナラ・レオン(Nara Leão|1942年1月19日 - 1989年6月7日)  リオ市の中心から車で10分ほど走ると、トンネルがある。このトンネルを抜けると、眼の前がコパカバーナ海岸になる。ここから右の海岸線は浜ぎわに高層ビルの建ち並ぶおなじみの風景で、つき当たりの岬の向こうはイパネマ海岸、レブロン海岸

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[1982.04]連載 ものがたり 日本中南米音楽史 〜「桶胴」の皮を張ったコンガ、デンデン太鼓のボンゴ…… 日本ラテンの創成期は苦難の連続であった

文●青木 誠 この記事はラティーナの前身である雑誌「中南米音楽」の1982年4月号に掲載されたものです。当時の文章をそのまま掲載いたします。 本エントリーは、3/9(火)までは無料でお読みいただけます。3/10(水)からは、有料定期購読会員の方が読める記事になります。定期購読はこちらから。 ■日本ラテン音楽前史 これまでに日本のタンゴの歴史をみてきたがそれだけでは「日本中南米音楽史」の看板に偽りありというものである。タンゴ以外のラテン音楽の事情はどうだったか。キューバ音

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[1982.12]連載 ものがたり 日本中南米音楽史 〜ブラジルでクラブを経営、ボサノバを体験したある日本人と、渡辺貞夫の興味深いお話

文●青木 誠  この記事はラティーナの前身である雑誌「中南米音楽」の1982年12月号に掲載されたものです。当時の文章をそのまま掲載いたします。  今月はボサノバである。先々月の続きである。  わが国のボサノバはジャズの渡辺貞夫の帰国からはじまる。1965年暮れ、彼はボストン留学から帰国し、翌66年から猛然と演奏を開始し、当時のジャズ・レーベル “タクト” に「ジャズ&ボッサ」を録音したものがジャズ・レコードとしては空前のベスト・セラーになった。ボサノバとともに、じつに颯

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