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#琉球音楽周遊

[2022.6]【琉球音楽周遊❹】 鹿児島県 奄美諸島のシマ唄① | 宮沢和史

文●宮沢和史 *以下敬称略  “シマウタ” という言葉はそもそも奄美大島で使われていた言葉だという。“シマ” とはIslandではなく、その人の生活圏=村落、集落を指している。任侠映画のせりふにある「うちのシマ」というやつはその組織の縄張りという意味で、それと同じ意味合いの使われ方だと言っていい。我が集落ではこういう言い方をする、同じ歌であっても我が集落ではこう歌う、といったように相対的に自分のテリトリーを誇示する意味でシマという言葉は言い勝手が良いのだと思う。沖縄でも「

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【琉球音楽周遊 ~沖縄本島の島うた③~ 】戦中戦後生まれの唄者たち|宮沢和史

文●宮沢和史 *以下敬称略  1945年、ズルズルと地の果てに引きずられるようにして終息を迎えた沖縄戦から日本の敗戦を経て、沖縄はアメリカ合衆国へと手放され、1972年の沖縄の日本返還までの27年間、アメリカ合衆国の統治下に置かれることになった。いわゆる、「アメリカ世」の時代である。この「琉球音楽周遊」で紹介した小浜守栄、嘉手苅林昌、山内昌徳、登川誠仁、糸数カメ、そして、前川朝昭、津波恒徳、金城睦松、知名定繁、照屋林助、喜納昌栄、らの活動によって沖縄戦の終結からしばらくし

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【琉球音楽周遊 ~沖縄本島の島うた②~ 】 近代沖縄民謡を築いた女たち|宮沢和史

文●宮沢和史 *以下敬称略  前回紹介した “マルフクレコード” 創始者普久原朝喜の息子さんであり、ご自身も沖縄を代表する作曲家・演奏家・プロデューサーである普久原恒勇氏の事務所でお話をさせていただいた時の氏の言葉が大変印象的だった。「歌う上で、島言葉の豊かな発音が時代とともに簡略化されていく流れは止められない。しかし、沖縄らしい “発声の仕方” は若い人にも守っていってもらいたい」というものだ。  例えば同じ「い」でも発音の仕方は幾通りかある。しかし、現代では「い」は「

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【琉球音楽周遊 ~沖縄本島の島うた①~ 】 近代沖縄民謡を築いた男たち|宮沢和史

新連載【琉球音楽周遊~ 沖縄本島の島うた①~ 】 近代沖縄民謡を築いた男たち(※好評連載中の「島々百景」もまだまだ続きます!) 文●宮沢和史 *以下敬称略  「沖縄の民謡は言葉がわからないからみんな同じに聞こえる」という風に言われると、悲しいとか悔しいという感情よりも “残念・勿体無い” という思いが先に立つ。考えてみてほしい、北は奄美大島から南西の与那国島までの琉球弧の言葉は、例えば、ボサノヴァのポルトガル語やフォルクローレやタンゴのスペイン語よりも当然日本の共通語に

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