世界の音楽情報誌「ラティーナ」

[2021.01]宮沢和史インタビュー 〜2020年について聞く ツアーのこと、沖縄のこと〜

[2021.01]宮沢和史インタビュー 〜2020年について聞く ツアーのこと、沖縄のこと〜

取材・文●佐々木俊広  2021年1月に最新作『次世界』のリリースを発表した宮沢和史。2020年をどのように捉えて行動し、どんなことを感じ、考えていた1年だったのか。コンサート・ツアーを終えたばかりの宮沢氏に話を訊いた。 ── まず、終えられた秋~冬のコンサート・ツアー「詩の朗読と歌によるコンサート2020 “未来飛行士”」についてお聞きします。 宮沢和史 10月から始めたツアーで、3公演中止にしてしまったので非常に心苦しくてですね、こちらの勝手な都合で中止にしてしまっ

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[2020.08]古謝美佐子|沖縄【特集:世界の音楽家は新型コロナ後の“NEXT WORLD”をどう描くか?】

[2020.08]古謝美佐子|沖縄【特集:世界の音楽家は新型コロナ後の“NEXT WORLD”をどう描くか?】

古謝美佐子●プロフィール 1954年沖縄県嘉手納町生まれ。沖縄民謡女性歌手。9才でレコードデビュー。86年より坂本龍一のユニットに参加。90年より「ネーネーズ」に参加し95年末脱退後は佐原一哉とソロ活動開始。アルバム「天架ける橋」「廻る命」は高く評価され自作詞の子守歌「童神」は全国的にも愛される。2014年に「うないぐみ」を結成後アルバムや坂本龍一と共作シングル「弥勒世果報」発表。また映画「洗骨」(2019)などにも出演する。

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[2018.02]登川誠仁『せい小やいびーん』〜島うたの最高峰が遺した晩年のライヴ録音

[2018.02]登川誠仁『せい小やいびーん』〜島うたの最高峰が遺した晩年のライヴ録音

文●松村 洋 text by HIROSHI MATSUMURA  「たるんちゅたびやゆくたびゆ/うむいぬくすなこのしけに」  誰もがあの世へと一度は旅立つのだから、この世に思いを残さないように——。  ライヴ・アルバム『せい小やいびーん』の冒頭に収められているゆんたく(おしゃべり)の中で、せい小こと登川誠仁先生はそう言って「これは重大な問題ですよ」と念を押している。たしかに、思いを残したままだと霊魂があの世とこの世を行ったり来たりすることになりそうだ。それでは本人も不

[2018.04]島々百景 #26 八重山諸島・竹富島

[2018.04]島々百景 #26 八重山諸島・竹富島

文と写真:宮沢和史  沖縄県の石垣島から船に乗って南西へ進むとあっという間に小さな島に着く。石垣島のフェリー乗り場周辺の雑踏からたった15分で次元をひとつまたいだほどの別世界に上陸することができる。その島の名前は竹富島。島のおじさんが三線を弾いて歌いながら水牛車で島内を案内している光景をテレビなどでご覧になったことがあるかと思うが、そう、まさにあの島である。星の数ほどある琉球弧の民謡の中で最も知名度が高く、多くの人に親しまれている「てぃんさぐぬ花」と肩を並べる名曲「安里屋ゆ

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[2018.03]島々百景 #25 沖縄本島那覇・辻、仲島、渡地

[2018.03]島々百景 #25 沖縄本島那覇・辻、仲島、渡地

文と写真:宮沢和史  日本ではかつて、貧しい農村部の家庭がやむなく娘を売ってなんとか飢えを凌いだ。といった日本の歴史の日陰に潜む話を耳にしてきた。近代史を見回しても昭和の大飢饉から世界大戦へと転がり落ちていく過程で我が国は多くの貧困者、餓死者を生み出し、大勢の娘たちが遊郭へと身売りされる人身売買を横行させてしまった。明治や大正の頃には海を越え、海外へ渡らされ娼婦として働いた人たちも多く存在したという。貧しさから逃れ、地元を離れ異国へと旅立ち、移民という形で活路を見いだそうと

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[2017.12]島々百景 #22 西表島

[2017.12]島々百景 #22 西表島

文と写真:宮沢和史  崎山ゆ新村ゆ 立てぃだす サーユイユイ ショウラヨーイーヌハリユバナヲレ   (崎山の新村を建てたのは) なゆぬゆん いきゃぬつぃにゃんどう立てぃだね   (どうして、いかなる理由で建てたのか) 野浜ぶつぃ兼久地ぬゆやんどう    (野浜という良港と、兼久地の肥沃な土地があったからである) 『崎山ユンタ』 対訳:仲宗根幸市  沖縄県八重山地方に浮かぶ西表島というと熱帯雨林気候の自然豊かな島で、カヤックやシュノーケリング、スキューバなどのアウトドアス

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[2017.01]島々百景 #11 宮古島

[2017.01]島々百景 #11 宮古島

文と写真:宮沢和史  今から26年くらい前、沖縄を好きになって沖縄のことなら何でも知りたくて、沖縄民謡を聴きながら片っ端から島に関する本を読んだり映画を観たりと、俗にいう『沖縄病』を患った。当時は数えるほどしかなかった東京の沖縄居酒屋に通い、嗅覚や味覚を養ったりもした。今思えば子供の頃どこからともなく聴こえてきた喜納昌吉さんの大ヒット曲「ハイサイおじさん」に耳を奪われ、細野晴臣さんや坂本龍一さんら大先輩達の沖縄音楽への接近に刺激を受け、影響され、とどめは沖縄の民謡レーベル「

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[2019.03]歌い遊ぶ沖縄の生命賛歌〜
『登川誠仁&知名定男ライブ!』を聴く

[2019.03]歌い遊ぶ沖縄の生命賛歌〜 『登川誠仁&知名定男ライブ!』を聴く

文●松村 洋 text by HIROSHI MATSUMURA  戦後の沖縄民謡界を支えた巨人のひとり、セイグヮーこと登川誠仁(1932〜2013)が、東京・青山CAYのステージで歌った。サポート役は12歳から登川家に住み込み、民謡修行の日々を過ごした知名定男である。2001年9月5日、登川は満68歳、知名は満56歳。18年前のこの何とも楽しいステージが、先ごろ2時間超の2枚組CD『登川誠仁&知名定男ライブ!〜ゆんたくと唄遊び〜』となってよみがえった。  振り返れば、

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[2018.09]石川陽子 三味の喜び

[2018.09]石川陽子 三味の喜び

文●松村 洋 text by HIROSHI MATSUMURA  石川陽子にとって、沖縄民謡界の重鎮・大城志津子(1947年、石垣市生まれ)は至高の師である。大城先生のレパートリーを歌った彼女の初アルバム『三味の喜び』からは、師に寄せる全幅の信頼と深い敬意、そして大城志津子をもっと多くの人に知ってほしいという強い思いが伝わってくる。  大阪で生まれ、沖縄で育った石川陽子は、小学4年生から再び大阪で暮らすようになり、祖母が経営する沖縄料理店で民謡に親しんだ。高校生になると

[2017.06]『沖縄島唄2017』を通して伝えたい
沖縄民謡の若い唄い手たちの唄 — 宮沢和史&野田隆司 インタビュー —

[2017.06]『沖縄島唄2017』を通して伝えたい 沖縄民謡の若い唄い手たちの唄 — 宮沢和史&野田隆司 インタビュー —

文●落合真理  にわか雨がやんだ5月1日の夕刻、青山の月見ル君想フに足を運んだ。その日はアルバム『沖縄島唄2017』(※若手の民謡歌手9人が沖縄本島や離島の名曲を歌う民謡集)の東京公演の初日で、会場に入ると、ちょうど出演者の仲宗根創、新垣成世、大城クラウディアがリハーサルをしている最中であった。  間もなくしてリハーサルも終わり、会場の2階で待っていると、何枚ものCDを抱えた野田隆司と、お手製の三線を手に持った宮沢和史が姿を現した。  ライヴの時間が差し迫る中、『沖縄島

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