マガジンのカバー画像

世界の音楽情報誌「ラティーナ」

「みんな違って、みんないい!」広い世界の多様な音楽を紹介してきた世界の音楽情報誌「ラティーナ」がweb版に生まれ変わります。 あなたの生活を世界中の多様な音楽で彩るために、これか… もっと読む
このマガジンを購読すると、世界の音楽情報誌「ラティーナ」が新たに発信する特集記事や連載記事に全てア… もっと詳しく
¥900 / 月
運営しているクリエイター

#沖縄民謡

[2022.5] 【島々百景 第71回】 加計呂麻島(鹿児島県) 

文と写真●宮沢和史  自分の旅は基本的に音楽を絡めたものであることがほとんどである。シンガーソングライターという職業に携わっているわけだから、旅=音楽の旅 になるのは当然のことだが、振り返ってみると海外への旅もほとんどがコンサートやイベントへの出演やプロモーション、もしくは、レコーディングが目的の渡航だった。そうでなかったとしても、曲作りのための取材だったり、実際に作曲するための旅がほとんどだった。国内外問わず、他人よりも多くの旅をしているはずであるが、バカンスであるとか、

スキ
109

[2022.4] 【島々百景 第70回】 名護(沖縄県)

文と写真●宮沢和史  日本全国の民謡と呼ばれる歌の総数が何曲なのかは知らないが、そのうちのおよそ半数が沖縄民謡であるというから驚きだ。沖縄民謡と一口で言っても、それぞれの島にはそれぞれの歌があるわけだし、神との交信のための神歌や五穀豊穣を祈願する時や、収穫時に神からの豊かなる恵みに感謝する芸能であるウスデークといった祭事に歌われる歌、舞踊曲や芝居曲、わらべ歌、そういった“民衆の歌”を含めるととても半数ではきかないだろう。  国内で今も民謡が盛んな地域は少なくない。しかし、新

スキ
132

[2022.3] 【島々百景 第69回】 『瀬底島(沖縄県)

文と写真●宮沢和史  ロシアとウクライナとの戦争と言っているが、これは戦争ではなく侵略だ。名前を口に出すのもいやだが、ロシアのリーダーは自国をピアーズ・ブロスナンの頃のロシアに、いや、ロジャー・ムーアやショーン・コネリーの時代へとたった数日で逆行させてしまった。巨大な商業的システムの上で流通する音楽以外にも世界には豊かで素晴らしい音楽がたくさん存在するということを知っているラティーナの読者のみなさんにとって、そして、ラティーナに関わってきた関係者一同にとって、この不条理な侵

スキ
106

[2022.1]【沖縄・奄美の島々を彩る歌と踊り18】 沖縄の島々に伝わる稲作生産叙事歌謡 ―《天親田》と《ティルクグチ》―

文:久万田晋(沖縄県立芸術大学・教授)  沖縄の島々には広く開けた土地がなく、大規模な稲作にまったく適していない。それにも関わらず近現代まで、沖縄の一部では稲作が行われていた。たとえば名護市羽地地域などはハニジ・ターブックヮ(田袋)と称されるほど有名な稲作地帯であった。ところが1962年に勃発したキューバ危機による世界的な砂糖価格の高騰の結果、沖縄の多くの農家が稲作を捨ててサトウキビ生産に転換した。そのため現在の沖縄県では、石垣島などごく限られた地域でしか稲田が見られなくな

スキ
21

【琉球音楽周遊 ~沖縄本島の島うた③~ 】戦中戦後生まれの唄者たち|宮沢和史

文●宮沢和史 *以下敬称略  1945年、ズルズルと地の果てに引きずられるようにして終息を迎えた沖縄戦から日本の敗戦を経て、沖縄はアメリカ合衆国へと手放され、1972年の沖縄の日本返還までの27年間、アメリカ合衆国の統治下に置かれることになった。いわゆる、「アメリカ世」の時代である。この「琉球音楽周遊」で紹介した小浜守栄、嘉手苅林昌、山内昌徳、登川誠仁、糸数カメ、そして、前川朝昭、津波恒徳、金城睦松、知名定繁、照屋林助、喜納昌栄、らの活動によって沖縄戦の終結からしばらくし

スキ
26

[2021.12]【沖縄・奄美の島々を彩る歌と踊り17】 近代沖縄 芸能を地域に伝えた人物−玉城金三の活躍−

文:久万田晋(沖縄県立芸術大学・教授)  芸能は、時に異能を持つ人物の働きが、極めて広い範囲に影響を及ぼすことがある。戦前期に沖縄本島北部地域に様々な舞踊や芸能を伝えた玉城金三という人物がいる。玉城金三(1878年首里寒川生、1957年没)は、俗称を黄金山という。陸軍歩兵軍曹として日露戦争へ出征し、その後名護間切(現名護市)へ移住した。彼は明治・大正時代を通じて首里と那覇の街の中間にあった寒川芝居の役者としても知られていた。名護に移住後は一時期役者を廃業したと伝えられるが、

スキ
15

[2021.12]「沖縄からの風 コンサート2021」 ライヴレポート

文●東 千都 写真●ほりたよしか 写真提供●株式会社よしもとミュージック  朝晩冷えてくるようになった11/24、LINE CUBE SHIBUYA(渋谷公会堂)で「沖縄からの風コンサート2021」が開催された。沖縄と深く関係する宮沢和史、夏川りみ、大城クラウディアの3人によるプロジェクト。沖縄民謡や、沖縄のポップス、そして彼らの持ち歌によるコンサートだ。  10/23に沖縄からツアーが始まり、今日の渋谷が7公演目である。コロナ禍で沖縄に行きづらい中、沖縄からの風を各地に届

スキ
22

[2021.11] 【島々百景 第66回】沖縄北部|沖縄県

文と写真●宮沢和史  緊急事態宣言からようやく解放された。第6波は確実にやってくるだろうが、もうひと我慢すれば第5波ほど新規感染者数が膨らまないんじゃないかと楽観視しそうになったが、ここへきて韓国やドイツなどで大きな波が再来したということをニュースで知ると、まだまだマスクは外せないのかと気が滅入る。  東京か沖縄のどちらかに緊急事態宣言が発令されていたら沖縄には行かない。沖縄の仕事は全てキャンセルする。と心に決めてそれを実行してきた。この2年間沖縄が遠かった。こんなに遠く

スキ
48

[2021.11]【沖縄・奄美の島々を彩る歌と踊り16】 沖縄・奄美における悲劇の女性伝説と歌

文:久万田晋(沖縄県立芸術大学・教授)  奄美から沖縄本島、そして宮古、八重山の島々には多くの悲しい女性の伝説が伝わっている。これらの島々に暮らす人々にとって、まだ文字もないはるかな昔から、「歌」とは衝撃的なできごとや皆で共有したい感情を心に留めるための、さらには後世に遺し伝えるための唯一の手段であった。いわば、歌とは出来事を人々の心に保管する記憶装置でもあった。  ある悲劇的な結末を迎えた女性がいた。その女性のこと、事件のことは皆で決して忘れず、後世に伝えていかなければ

スキ
8

[2021.11]「沖縄からの風」インタビュー 宮沢和史・夏川りみ・大城クラウディア〜ライヴツアーとアルバムについて〜

インタビュー・文●東 千都(ラティーナ編集部)  沖縄との関係性が深い、宮沢和史、夏川りみ、大城クラウディアが、三人でのコンサートツアー「沖縄からの風コンサート2021」を10/23からスタートした。2019年に一度このメンバーで開催し、今年の春にも開催予定だったが、コロナの影響で開催を断念。この秋からようやくツアーをスタートできることになった。併せて、コンサートツアーのコンセプトをCD化したアルバムも、12/8に発売予定である。  沖縄でのツアー初日を終えた三人に、このツ

スキ
57

[2020.03]先人を偲び、島唄を未来へと継承する「島唄継承」 〜歌の情けが染み入る前川朝昭の世界〜

文●岡部徳枝/写真●奥西 奨 text by NORIE OKABE / photos by SHO OKUNISHI  2015年から沖縄市の「ミュージックタウン音市場」にて毎年12月に開催されている「島唄継承」。沖縄民謡界に名を残す偉大な先人たちにリスペクトの意を表して、彼らが遺した曲を現役の唄者が歌い弾き、島唄を未来へ継承していこうというイベントだ。毎回ある人物にフォーカスするシリーズ公演で、第5回目となる2019年12月8日は「前川朝昭の世界」をテーマに開催。〝イチ

スキ
5

[2019.06]島唄継承 先人たちへリスペクトを贈り 未来へ島唄を継承する

文●岡部徳枝/写真●奥西 奨 text by NORIE OKABE / photos by SHO OKUNISHI  2015年から沖縄市の「ミュージックタウン音市場」にて年に一度12月に開催されている「島唄継承」。沖縄民謡界に名を残す偉大な先人たちにリスペクトの意を表し、彼らが遺した名曲を現役の唄者が歌い継ぐ。そして未来へ島唄を継承していこうというイベントだ。毎回ある人物にフォーカスしていくシリーズ公演で、第一回は普久原朝喜、第二回は知名定繁、第三回は嘉手苅林昌と小浜

スキ
3

[2018.08]堀内加奈子 土地から土地、人から人へと辿り歩き、音楽で心を通わせ、可能性を切り拓いてきた軌跡 『肝美らさ』

文●岡部徳枝/写真●野村恵子 text by NORIE OKABE /photo by or photos by KEIKO NOMURA  大城美佐子に弟子入りして18年。北海道出身の沖縄民謡唄者、堀内加奈子が結婚・出産を機に2枚組アルバム『肝美らさ』を発表した。全19曲、勝井祐二、坂田明、柳家小春など多彩なジャンルのアーティストと共演した本作は、三線ひとつで国内外を飛び回り、各地でセッションを重ねてきた彼女の集大成というべき作品。出産から半年、早くも活動再開している〝

スキ
1

【琉球音楽周遊 ~沖縄本島の島うた②~ 】 近代沖縄民謡を築いた女たち|宮沢和史

文●宮沢和史 *以下敬称略  前回紹介した “マルフクレコード” 創始者普久原朝喜の息子さんであり、ご自身も沖縄を代表する作曲家・演奏家・プロデューサーである普久原恒勇氏の事務所でお話をさせていただいた時の氏の言葉が大変印象的だった。「歌う上で、島言葉の豊かな発音が時代とともに簡略化されていく流れは止められない。しかし、沖縄らしい “発声の仕方” は若い人にも守っていってもらいたい」というものだ。  例えば同じ「い」でも発音の仕方は幾通りかある。しかし、現代では「い」は「

スキ
23