世界の音楽情報誌「ラティーナ」

[2021.05]宮沢和史【特集 私の好きなブラジル映画】

[2021.05]宮沢和史【特集 私の好きなブラジル映画】

選・文●宮沢和史  自分が初めてブラジルに渡った27年前はブラジルの音楽家の過去の映像、例えば、ジョアン・ジルベルトと、トン・ジョビンとヴィニシウスの三人の共演の映像とか、エリス・レジーナのテレビ出演の映像とか、作品化されていないローカルな映像を様々なコネを使って入手し、宝物のようにして観て学んだものだが、今は世界中のどこにいてもあっという間に検索してたどり着けてしまう。さらに、現在は “ディスク” という概念から “サブスクリプション” へと移行しているのを見ても、物を持

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[2017.02]ピエール・バルー、
ブラジル音楽との旅路

[2017.02]ピエール・バルー、 ブラジル音楽との旅路

文●中原 仁 text by JIN NAKAHARA  10月27日、「一期一会」と題するサラヴァ・レーベル50周年記念コンサートが渋谷で開催された。席につこうとすると、前列に座っていたピエール・バルーさんが振り返り、優しい眼差しで微笑みかけてきた。しばらく会わない間に顔が痩せたものの眼光には生気があり、コンサートの2部ではピエールさんもステージに上がって飄々とした自然体で味わい深い歌を聴かせてくれた。お元気で何よりと安心したのだが、よもやその僅か2カ月後、訃報に接するこ

[2017.02]サラヴァ!
追悼 ピエール・バルー

[2017.02]サラヴァ! 追悼 ピエール・バルー

文と写真●松山晋也 text & photos by SHINYA MATSUYAMA  ピエール死去の第一報を関係者から受け取ったのは、年の瀬12月29日未明だった。パリは28日の夜8時頃。その数時間前の夕方5時頃に病院で静かに息を引きとったという。覚悟はしていた。というのも、その数日前に、心筋梗塞で病院に緊急搬送され、年を越すのは難しいという知らせを受けていたから。いや実は、予感はもっと前からあった。10月、数年ぶりに会ったピエールは、頬が少しこけ、見るからに衰弱してい