世界の音楽情報誌「ラティーナ」

[2021.09]【太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ⑭】 カナク、カルドッシュ、日系人
―複雑な感情渦巻く「メラネシアのフランス」の先住民の踊りと音楽―
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[2021.09]【太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ⑭】 カナク、カルドッシュ、日系人 ―複雑な感情渦巻く「メラネシアのフランス」の先住民の踊りと音楽―

文●小西 潤子(沖縄県立芸術大学教授)  皆さんにとって、「天国にいちばん近い島」は、どこでしょうか? 思えば、私がハワイ以外の太平洋の島を最初に認識したのは、森村桂さん(1940-2003)の同著でした!中学生の時、友人に勧められて読んだのです。1964年、森村さんが一人旅に出た先は、ニューカレドニア。1853年フランスの植民地となり、現在もフランスの特別共同体です。ニューカレドニアという地名が「天国にいちばん近い島」と共に日本中に広まったのは、皆にとって海外旅行が夢だっ

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[2021.08]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史⑦】もうひとつの戦争体験

[2021.08]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史⑦】もうひとつの戦争体験

文●月野楓子  オリンピックが終わった。言いたいことは色々あるけれど、ひとまず置いておくとして。  沖縄では、空手の喜友名諒選手が沖縄に初めてのオリンピック金メダルをもたらしたことに沸いた。喜友名選手の行きつけという食堂のおばぁが嬉しさで踊っている様子がテレビで流れ、見ているこちらまで嬉しい気持ちになった。  喜友名選手の母校は沖縄国際大学だ。大学のwebサイトにも早速お祝いのメッセージが掲載された。そこで同時に目に入るのは、8月13日「普天間基地の閉鎖を求め、平和の尊さ

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[2021.07]【島々百景 第62回】 トメアスー ブラジル【文と写真 宮沢和史】

[2021.07]【島々百景 第62回】 トメアスー ブラジル【文と写真 宮沢和史】

文と写真●宮沢和史  ブラジルの北部パラー州のトメアスーという小さな村の土を初めて踏んだのは2008年の1月のことだった。アマゾン川河口域に広がる大都市ベレン で「アマゾン トラベル サービス」を営む佐賀県出身の北島義弘さんの案内で小型軽飛行機に揺られ、直線距離で200km程度内陸に飛んだところに突如その村は現れた。日本人が移民として20世紀の初めに入植し、未開の地を切り開き、そこに村を興したのだと聞いてはいたが、実際に自身の身で現地に向かってみると、なぜこんな奥地に日本人

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[2021.06]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史⑥】「世替わり」の中の移民と文化

[2021.06]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史⑥】「世替わり」の中の移民と文化

文●月野楓子  去る6月23日は「慰霊の日」だった。76年前の今日、沖縄に配備された日本軍の司令官が自決し、組織的な戦闘は一応終結したとされる(以降も離島での戦闘や日本軍による住民殺害、飢餓等によって多くの人が亡くなった)。戦争による惨禍が再び起こることのないよう「恒久の平和を希求するとともに戦没者の霊を慰める」ため、「慰霊の日」が制定された。県内の学校や役所は休みとなり、様々な場所で祈りが捧げられる。  地上での戦いが展開された沖縄戦では20万人以上の人々が命を落とした。

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[2021.04]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史⑤】移民女性の経験

[2021.04]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史⑤】移民女性の経験

文●月野楓子  前回の連載を書き上げた直後の3月8日は「国際女性デー」であった。この数年は日本でも新聞で特集が組まれたり、テレビやネットのニュースでも取り上げられるようになってきた。人生の諸先輩方による時代錯誤の発言には毎度驚かされるが、日本における積年のジェンダー問題は確実に社会に共有されるようになってきたと言えるだろう(もちろんそれは、これまで異議を唱え議論を続けてきた別の諸先輩方の闘いの功績である)。  本連載との関連でいうと、ラテンアメリカの国々では「国際女性デー

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[2021.03]【島々百景 第58回】リマ|ペルー

[2021.03]【島々百景 第58回】リマ|ペルー

文と写真:宮沢和史  世界の新型コロナウイルスの累計感染者数・死者数を見てみると、ご存知の通り、その上位は主に南北アメリカ大陸とヨーロッパ諸国が占めているが、上位20カ国のうち、13カ国がこれまでに訪問したことがある国だったのには驚いた。デリケートな問題で、推測や憶測でものを言ってはいけないが、自分が好んで渡航してきた国々は人の交流、物の交錯によって文化が生まれてきた背景がある場所が多く、現在も人間同士が摩擦し合うことによって推進力を生み出しているような活気溢れるエネルギッ

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[2021.03]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史④】アルゼンチンでの生活

[2021.03]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史④】アルゼンチンでの生活

文●月野楓子  1908年に日本を出発した第一回ブラジル移民のコーヒー耕地での生活は、彼らが当初思い描いていたようなものではなかった。そのため、配属された農地を後にし、よりよい労働条件や新たな仕事を求めて移動する人びとが後を絶たなかった。前回書いたように、笠戸丸移民のうち、1年後にも耕地に残っていたのは781名中僅か191名に過ぎない。  コーヒー耕地を出た移民たちは、港へ向かった。港は自分たちが乗ってきた船が着いた場所であり、また、他の場所へ向かうことのできる出口でもあ

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[2020.12]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史③】南米、ブラジルからアルゼンチンへ

[2020.12]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史③】南米、ブラジルからアルゼンチンへ

文●月野楓子  前回、金武出身で「沖縄移民の父」と言われる當山久三について書いたが、私自身は金武町を訪れたことが無かった。行きたいなと思っていたら、先日北部へ向かう途中に金武を通ったので、銅像だけでも見られたらと思い立ち寄った。幸いなことに資料館を見学することもできたので、どんな場所であったか、少しだけ紹介したい。  久三の銅像は周囲より小高いところに建てられていて、そこからは海を望むことができる。海の方を向き指差しているポーズは、再建される前のステッキをついている別のポ

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[2020.10]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史②】沖縄移民の始まり

[2020.10]【連載 アルゼンチンの沖縄移民史②】沖縄移民の始まり

文●月野楓子  連載の初回を書いてから今回までの間に住む場所が変わった。たまたまのタイミングではあるが、沖縄に居を移した。  少しずつ、「引っ越しました」の報告メールを送る中、アルゼンチンからいただいた返信に「金武(きん)町を訪れるように」とあった。金武町は、「沖縄移民の父」と言われる當山久三の出身地である。  今回は、沖縄移民の始まりについて、書いてみたい。 ハワイへ  當山久三は沖縄の自由民権運動を担った人物としても知られるが、かねてより海外移民事業への関心を有し

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[2020.10]【TOKIKOの 地球曼荼羅③】生命力の猛威-ブラジルの奇跡

[2020.10]【TOKIKOの 地球曼荼羅③】生命力の猛威-ブラジルの奇跡

文●加藤登紀子 ①ペルーの出会いからブラジルの旅へ  フランス語では、前の言葉の最後の音を、後に続く音とくっつけて発音することがあります。例えば「tres important」を「トゥレ ザンポルタン」という風に。  そのリエゾンと全く同じように、ひとつの旅のちょっとしたことが、次の旅の大事な出会いにつながって来ちゃうことが、ほんとに多いです。  中南米を旅した1974年、ペルーのクスコの空港に私と同じ飛行機で一人の日本人男性が降りたのです。一人旅だった私はちよっと頼り

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