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[2017.05]【連載 ラ米乱反射 #133】エクアドール次期大統領はレニーン・モレーノ 「市民革命」継続、南米右傾化食い止める

文●伊高浩昭(ジャーナリスト)

 エクアドール(赤道国)で2017年4月2日、大統領選挙決選投票が実施され、「21世紀型社会主義」と「市民革命」を掲げるラファエル・コレア現大統領(54)の後継候補レニーン・モレーノ元副大統領(64)が接戦を制し当選した。これにより2015年末から顕著になっていた南米政治の右傾化に歯止めがかかった。ラ米左翼・進歩主義陣営は、この決選を「天下分け目の戦い」と捉え、第2次世界大戦時のソ連での激戦「スターリングラードの戦い」になぞらえていた。左翼・進歩主義勢力は赤道国で踏ん張り、政治の保守・右翼化と新自由主義経済路線復活に待ったを掛けた。レニーンは5月24日、大統領に就任する。任期は4年。

▼相手は懲りない銀行家

 今選挙の第1回投票は2月19日、8人が出馬した。当選条件は過半数得票、もしくは得票率40%で2位に10ポイント差をつけること。レニーンは39・36%(371万票)で、わずかに40%に届かず、10ポイント差をつけながら決選での闘いを余儀なくされた。この国の人口は1661万人、有権者は在外同胞37万人を含む1281万人。投票率は81・63%と高かった。同時に実施された1院政の国会議員選挙でAPは定数137の過半数74を獲得した。「政府高官による租税回避地絡みの取引禁止」を目指す政策の是非を問う国民投票も併せて実施され、55%の賛成で承認された。

 レニーンは1998年に強盗に撃たれ脊髄を損傷、車椅子生活を続けてきた。不自由な毎日に何度も自暴自棄になったが、その都度思い留まり、身体障害者、社会福祉などの問題に取り組んだ。そんな姿に惹かれた若き政治家コレアは、2006年の大統領選挙出馬に際し、レニーンを副大統領候補に招いた。コレアの政党は「PAIS同盟」(AP)。PAISは「崇高で主権ある祖国」の頭文字。左翼、進歩的知識人、政治家、労働者、農民、先住民族、芸術家、商店主、中小企業家、若者、女性など広範な支持層の連合体だった。

 コレア・レニーン組は見事に当選、レニーンは政権発足時の07年から政権2期目終了時の13年まで6年間、副大統領を務めた。その間、12年には米州諸国機構(OEA)の「身体障害者に対するあらゆる差別の撤廃を目指す委員会」委員長に就任。ノーベル平和賞候補に指名された。政権を離れた13年末には、当時のパン・ギムン国連事務総長から国連「身体障害・親近特使」に任命された。16年6月まで務め、世界各地を訪問した。柔和な表情に温厚な性格で、政治家としての持ち味を「聴く耳を持つこと」(対話上手)と自認する。副大統領候補はホルヘ・グラス現・副大統領である。

 決選での対立候補は、第1回投票で得票率28・09%(265万票)だったギジェルモ・ラッソ(61)。富裕な銀行家だ。13年の前回大統領選挙に出馬したが、第1回投票でコレアに敗れた。1990年代にグアヤキル銀行頭取、赤銀行協会会長、グアヤス州知事、マウア政権の経済相を歴任した。職権で銀行規制を撤廃、金融自由化に踏み切った。99年には銀行預金を凍結、預金総額の半分を銀行資金に回した。だが計17行が倒産。中銀資金14億スクレが焦げ付いた。銀行家たちは銀行倒産を「休業」と嘯いたが、ラッソはどさくさに紛れに3000万ドル儲けたと指摘されている。このような「前歴」がラッソにはある。

 世紀末、エクアドール経済は遂に破綻、国内総生産(GDP)は30%も減った。資金13億ドルが国外に流出、インフレは60%、失業率は15%に及んだ。解放者アントニオ=ホセ・デ・スクレ元帥(1795~1830)に因む1884年以来の通貨スクレの価値は190%下落。1米ドル=2万5000スクレで交換された後、2000年に通貨の役割を終え、米ドルが新通貨になって今日に至る。この経済危機で生活を破壊された200万人が欧米などに移住した。ラ米で米ドルを通貨とする他の国はパナマ、エル・サルバドール両国だけだ。

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キト中心街にある「独立広場」と大統領政庁カロンデレー宮(右)。正面はキト大聖堂

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