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[2019.12]ジョアン・ジルベルトへの手紙

Uma Carta ao João Gilberto, Joãozinho

文●今福龍太 text by RYUTA IMAFUKU

 ジョアンジーニョ。

 赤紫色に燃える夕暮れの平原の片隅で車を止めた。ふと、きみのささやくような声を聞いたように思ったからだ。ヴィオラォンを持って外に出た。空気は柔らかい。ヤコブの梯子が彼方の雲間から七色の光彩の柱となって、薄明の大地を包み込んでいる。きみが昇っていった天空への階段。

 静寂のなかで、ぼくに向かって空から低い声が渦を巻くようにように近づいてくる。赤い大地がゆっくりと息を吐き、盛り上がった蟻塚の脇をちいさな蛇が身を固くしてすべるように逃げていく乾いた音がした。

 こんな荒野の音楽が好きだ。土と風と光と小動物たちのたてる音でできた、終わりのないミニマリズム。ときどき、遠くの雷鳴のシンバルかティンパニのとどろきがアクセントを加える。暗闇を切り裂いて飛ぶ夜行性の鳥の、アタバキの連打のような羽撃きがミニマルな静寂に余韻を響かせる。そこに、そんな繊細でほの暗い音の水彩画の上に描かれた淡い幾筋もの曲線のように、きみの声が澄みわたる。長調でも短調でもない。喜劇でも悲劇でもない。底抜けに明るい希望でも、出口のない絶望でもない。永遠の、中間性のトーン。混迷からきっぱりと離れた、朗らかな逡巡。信念ある彷徨い。きみのくぐもった声は、いつもぼくに、白か黒かの決着をつけねば気が済まないこの社会の、理性の仮面をかぶった心の偏狭さに向けて、静かな抵抗をうながす。

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© 土井弘介 ジョアンジーニョ。

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