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【連載 それでもセーヌは流れる 103】レダ・カテブに憑依したギターの神、 映画『ジャンゴ』の今日的な意味

文●向風三郎

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  2017年4月から5月、フランスでは大統領選挙の2回の投票が行われている。この原稿は第一次投票(4月23日)と第二次投票(5月7日)の間に書かれている。第一次の結果は中道(アン・マルシュ運動)のエマニュエル・マクロン(得票率24%)と極右FN党のマリーヌ・ル・ペン(得票率21%)が上位2位となり第二次の決選投票が両者のうちのひとりを新大統領に選出する。2002年に同じようにFN党のジャン=マリー・ル・ペンが決選投票に進出した時の電撃的ショックは「2002年4月21日事件」として歴史に記録されたものだが、2017年のFN決戦進出は既に2年ほど前から世論アンケートや大メディアの予測があり、もはや事件ではなく「やはりそうなったか」と受け止める人たちが多い。第一次選挙でマリーヌ・ル・ペンは600万票強を集めた(FN党としては史上最高)。第二次投票でそれは1000万票を超えると予想されている。英ブレクジットと米トランプ現象のように、メディアが「見えなかったもの」として言い訳できるものではない。私たちはこの1000万人の人たちの顔が見えるのだ。選挙の時だけ上手いことを言われて騙されてきた人たち、工場閉鎖や欧州共同農業政策などで見捨てられてきた地方の労働者たちと農民たち、安い労働力を強要する経済システムに蹂躙された人たち、病院保健所や郵便局など公共サービスが次々に閉鎖されていく地方に住む老人たち……。既成の保守政党と左派政党が代わる代わる政権を取って繰り返してきた「人民を見捨てる政治」。何も変えることなく誰か(FNの論法ではEU首脳部と外国系大金融資本)によって前もって決められたことを実行するだけの政治から抜け出すこと、その可能性を「EU離脱」「国境再建」「重保護貿易」「フランス第一主義」「移民ゼロ」といった政策でアピールし、これに説得される人たちが、普通の顔をして私たちの前にいるのだ。根がポピュリズムとファシズムであっても、自由選挙と民主主義を通じてFNは権力を奪取できるとことまで伸張している。80数年前、ヒトラーは民主主義選挙で権力を掌握した。その後がどんなものであったのかを人々は忘れてしまったのだろうか。

 エチエンヌ・コマールの初監督映画『ジャンゴ』は同じように第一次選挙と第二次選挙に挟まれた4月26日にフランスで初公開された。この映画はフランス公開に先立ち、2月のベルリン映画祭のオープニングで初上映された。ベルリン、すなわちドイツでこの映画が上映される意味は重大である。なぜならこれは第二次大戦中のナチス・ドイツによるロマ絶滅政策(ポライモス)が大きなテーマになっていて、70数年後にドイツ市民にあの狂気を正視してもらうことになるからだ。ベルリンでこの映画は喝采を受けた。市民たちは正しい。

映画は不世出の天才マヌーシュ・ギタリスト、ジャンゴ・ラインハルト(1910-1953)

の伝記をベースにしているが、いわゆるバイオピックではない。その生涯のうち、1943年から44年にかけての時期に限定したストーリーである。ナチス・ドイツはフランスをはじめ欧州大陸主要国を占領し、その統治下の国々でニュルンベルク法に基づく「劣等民族撲滅」策としてユダヤ人とロマ人などのホロコーストが行われた。ウィキぺディアの記述によると、第二次大戦中のロマ人ポライモスの犠牲者の数は22万から150万人に上るとされている。映画の冒頭シーン、人里離れた深い森の中に野営するルーロット(キャラバン)の前で火を焚き、ギターを奏でる数人の男たち、森中に響きそうな野太い声で歌う盲目の爺(ブラッチのダン・ガリビアンが演じ歌っている。素晴らしい)、銃声、犬とナチス部隊が攻めてくる、ドイツ軍のルガー銃のアップ、銃弾が盲目の歌い手の頭を射抜く……。この短いイントロが当時のロマをめぐる状況背景を明白に映し出している。

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 パリのミュージックホール、フォーリー・ベルジェール座では、ジャンゴ・ラインハルト(演レダ・カテブ)率いるホット・クラブ・ド・フランス五重奏団がそのマヌーシュ・スウィングで人気の頂点を極めていた。(この時期のホット・クラブ五重奏団は、双頭リーダーのヴァイオリン奏者ステファヌ・グラッペリがロンドンに亡命して不在。代わりにクラリネットのロベール・ユスタンが加わっている)。満員の客席のほとんどはナチス将校。この人気に目をつけたナチスのプロパガンダ省はジャンゴをベルリンに招き、ヒトラー列席の大コンサートを開きたい、とジャンゴに申し入れる。対独協力なしに生き延びる術のないパリの興業界にあって、ジャンゴのマネージャー(シャルル・ドローネー)はこのオファーに署名するのだが、ジャンゴにはその気がない。

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