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[2020.11]【太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ④】アンガウル島から消えたサウンドスケープ ―リン鉱石採掘場での異文化接触と行進踊りの拡散―

文●小西 潤子(沖縄県立芸術大学教授)

 本連載のキーワード「サウンドスケープ」は、カナダ人作曲家M.シェーファー(1933〜)による造語で、「音の風景」を意味します。「春はあけぼの…」で始まる清少納言の『枕草子』に、「秋は夕暮れ…日入りはてて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず」と、自然の音を愛でる一節がありますよね。古くから音を愛でる文化が育まれた日本だからこそ、1980年代半ば以降、サウンドスケープの考え方が受け入れられたのでしょう。

 1960年代北米のエコロジー運動を背景に成立したサウンドスケープ論の根底には、西洋近代科学への批判があります。サウンドスケープは、「個人や共同体の知覚や理解を強調した音環境」と定義され、客観的に測定できない「記憶の音」を含むものとされます。それは個人の身体に生き続け、何かの拍子にフラッシュバックすることもあります。10月号でご紹介した「ワステローン」は、サイパン島のレファルワシュRefaluwasch(通称カロリニアンCarolinian)による踊りの号令ですが、永山幸栄さんの夢の中で70年以上経ってから蘇ったサウンドスケープでした。戦前、北マリアナ諸島で過ごした多くの人々が、勇壮な踊りの音を記憶に留めたのです。

 ところが、レファルワシュ自身も「ワステローン」あるいは「ファスタロン」と発音する、この言葉の意味を知りません―実は、西洋の軍事訓練の号令が訛ったものだったのです。踊りのジャンル名・マース maasの語源も、ドイツ語の Marschかと思われます。と言っても、彼らが軍隊に駆り出されたわけではなく、その原型は20世紀初頭までにマーシャル諸島周辺で形成されました。伝統的な踊りが宗教的・政治的理由から禁止されても、西洋近代を象徴するマースは「娯楽的な踊り」として、事あるごとに上演されました。なお、「レープ、ライッ」の号令から、マースをレープと呼ぶ島もあるので、私はこれらを総称して行進踊りと呼んでいます。

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