小松亮太インタビュー (1) 著作「タンゴの真実」編
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小松亮太インタビュー (1) 著作「タンゴの真実」編

 文●吉村俊司

 ピアソラ生誕100周年というタンゴ界にとってひとつの節目の年である今年、著書『タンゴの真実』を発表し、またアルバム『ピアソラ:バンドネオン協奏曲 他』のリリースを控える小松亮太氏にお話を伺った。

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 白状しておくとこのインタビュー、当初はアルバムについて語っていただくのがメインの予定だった。しかも私が彼の著書を手にしたのはインタビュー当日の朝。そんなわけで、本についてはどの程度お話を聞けるか未知数の状態で臨んだのだが、いざ話が及ぶとものすごい熱量で大いに語る小松氏!という訳で、急遽インタビューは2回に分けて掲載することとなった。今回は著作編。

小松亮太写真

タンゴの世界のおとぎ話からの卒業

── 実は今朝ようやく『タンゴの真実』が届いたんです。まだちょっと拾い読みしただけですが、これは面白いですね!

小松 ありがとうございます。ただ、僕はこの本を、単に面白話が書きたくて書いたわけでもないし、単にいろんなアーティストに対する評論文を書きたくてやったわけでもないんです。今回のアルバムもそうなんですけど、ピアソラの100歳記念だから「アディオス・ノニーノ」やって「リベルタンゴ」やって「ブエノスアイレスの四季」やって、お祭りみたいにわー楽しかったね、っていうんじゃ何の意味もないわけですよね。多くの人が気付いてないんだけど、ピアソラ生誕100年という時にまず急いでやるべきことは、ピアソラの音楽の後ろに何があったんですか?っていうことなんですよ。これを世界中の人に認識させないとどうしようもないところまで来てるんです。
 大事なのはタンゴの世界のおとぎ話から卒業すること。例えばピアソラさんだってね、インタビューでこういう事言っちゃうわけですよ。「バンドネオンは教会で生まれた楽器だ」とか。かと思うとクラシックとかジャズの評論家の人たちは「ピアソラ以前のタンゴは全部踊りの伴奏でした。それを、ピアソラが彗星のごとく現れて『リベルタンゴ』を作曲して、世界に羽ばたいたのです。」とか。こんなことがね、世界にオーソライズされちゃってるわけじゃないですか。
 アルゼンチンの人に、どうしてドイツのバンドネオンがアルゼンチンのタンゴで使われるようになったんですか?って聞いても誰も答えられない。ドイツ人に聞いても答えられない。ダメですよ、こんなのほっといたら。だってね、クラシックでもジャズでもロックでも何でもそうだけど、この音楽はこういう起源、歴史、価値があるこういう音楽です、だからこれからもこういうことをやって行きましょうよ、とか、こうならなくてはいけないね、っていうことを、みんなで一生懸命取り組まなきゃいけないわけじゃないですか。ところが、タンゴの内側の人たちがまずタンゴの外側からの人たちの質問に答えられない。これでは相手にされませんよ。
 まずドイツのバンドネオンの歴史というものがはっきりしていなかった。バンドネオンという楽器はアコーディオンを元にして、ハインリッヒ・バンドさんが作りました、終わり、みたいな。本当にそれだけの話だったじゃないですか。ところがめくってみたらこんだけいろんなことがあったわけ。もうバンドネオンだけで、実は1冊の本になっちゃうんじゃないかっていうくらいの紆余曲折があったんですよね。何のためにバンドネオンが作られ、そしてどういう試行錯誤が繰り返され、どういう風にバンドネオンという楽器が完成して、それがアルゼンチンのタンゴという音楽に定着するようになったのか。ここんとこを解明しないとアルゼンチンタンゴは何なのかということだって結局はよく分かんないわけですよ。
 結局自分たちが自分たちのことをちゃんと説明できないから、外の世界から「情熱のタンゴですか?ピアソラ以外のタンゴは踊りの伴奏?ピアソラ以外のタンゴってアルフレッド・ハウゼですか?」とか、本当にそういう話になっちゃうんだから。「タンゴは昔は男同士で踊っていたのです」とかね。あれは練習してただけでしょ。
 バンドネオンの音色についてもね、「この哀愁あふれる音色がブエノスアイレスの移民の人たちの望郷の想いに火をつけて、それで一気に広まった」とかよく書いてあるじゃないですか。そんなわけあるわけないんですよ。だって昔のバンドネオンはちっちゃくて、しかもハーモニカみたいな音だったんだから。あのちっこくてハーモニカみたいな音がする可愛いバンドネオンが、これがタンゴに合う、俺たちの民衆の心にマッチするんだ、っていきなりブームになると。しかも、ドイツの船乗りの人がウイスキーが飲みたくて、バンドネオンをブエノスアイレスの質屋に入れたのがきっかけで一気に広まった、と。そんなことあるわけないじゃないですか。
 バンドネオンは悪魔が発明した楽器ですって?そんなわけないでしょ?だってバンドネオンというのはボタンの周りに数字がとかいろんな記号が書いてあって、あれはドイツの田舎の、楽譜が読めないような音楽教育レベルが非常に低い人たちでも、この数字と記号を手がかりにして簡単な曲ならマスターできますよっていうことで、それで開発されてきたんだから。悪魔が発明した難しい楽器ですよって、こんなこと誰が言い出したのかって話だよね。
 もうね、とにかくおとぎ話からの卒業。情熱のタンゴ、魅惑のタンゴ、官能のタンゴ、哀愁のバンドネオン、悪魔が発明したバンドネオン。とにかくこのままほっといたらどんどん嘘がオーソライズされてって…いや実際そうなってる。本場のブエノスアイレスの人たちが、タンゴという音楽がなんだかよくわかんなくなってきてるんですよ。これはやっぱりドイツ人でもアルゼンチン人でもない人が「それ違いますよ、こうやって事実をちゃんとひっくり返していったらこんな違うじゃないですか」と。タンゴの歴史の中ではなくて音楽史の中にちゃんとそういう事実を植え付けてオーソライズしていかないとダメなんです。そういうことのきっかけにしたくて、この本を書いたんです。

徹底した証拠主義

小松 でね、この本は、僕は座学で書いたんではないんです。書物を取り寄せて、この本にはこう書いてある、だからバンドネオンの歴史はこうだ、って書いたのではないんですよ。強く言いたい所なんですが、僕はこの本を書くにあたって、実物をかき集めたんです。写真見ていただければわかるんですけども、この本に載ってるバンドネオン、コンツェルティーナ、アコーディオンの写真の95、6%ぐらいは今回の本のための撮り下ろしなんです。僕は全部触ったし、データも取ったし、写真も撮って証拠揃えて言ってることなんです。ですからこれは間違いないと思います。そこは強く言いたいです。

── バンドネオンのところは本当に読むのが楽しみでした。ツイッターでずっと予告を流されていたのを見て早く読みたいと思っていたんです。

小松 ただ非常に複雑ですので。第9章の真ん中あたりに、バンドネオンを作った人たちの相関図がありますから、文章で読むだけじゃなくて相関図を見れば一発でイメージ湧くと思います。

── なるほど、心してかかります (笑)。それにしても、ものを書く者として、この本には本当に心して向き合って行かなければいけないな、ということを感じているところです。

小松 僕はタンゴの本においては、世界的に見て高場将美さんの『タンゴ100年史』 (上・下、中南米音楽、リンクはカラ・プランニング編のKindle版) と斎藤充正さんの『アストル・ピアソラ 闘うタンゴ』(青土社)、この二つが多分金字塔だと思うんですよね。ただちょっと恐ろしいなあと思ったのは、高場さんが本を書いたのは1982年で、充正さんが本を書いたのが1998年。ということは、高場さんの本と充正さんの本というのは16歳位しか違わないんですよ。ところが、『闘うタンゴ』が出版されてから僕の本が出るまでに実は23年かかってる。こんなにタイムラグがあったのかと思って。
 だから、やっぱり歴史的な検証っていうか、タンゴというものがちゃんと音楽的に検証されるっていうのがいかに少なかったかってことですよね。ほんとそこは恐ろしいと思いますけど、とにかく従来のタンゴの歴史にあったことをなるべくアップデートしました。なるべく新情報を取って、なるべく証拠主義で書いたつもりです。ただ、もし見ていて、いやこれは違うだろう、これは事実と違うのではないか、ということがあったら、ラティーナの読者の皆さんからも遠慮なくどんどん連絡を欲しいですね。僕だって『タンゴの真実』って言っておきながら嘘を書くわけにはいかないので。直すべきところがあったら直していきますので、ぜひ読者の皆様にも厳しく読んで頂きたいと思います。

確証バイアスへの対抗としてのQRコード

── QRコードを入れたりとか、メディアミックス的な作り方も目を引きますね。

小松 とにかくやっぱり聴いて欲しい、実際聴かなきゃダメってことですね。第13章のピアソラのコーナーのところでも書いたんですけれども、タンゴっていうのは非常に確証バイアスが起きやすい音楽なんです。タンゴというものはこういうものだっていうふうに一回思い込んだ人というのは、二つ目の情報を受け入れなくなるんですね。まあ人間というのはそもそも第一次情報に非常に惑わされやすい生き物なんだけども、タンゴは特に、二つ目の情報を取り入れようと言う気が起きなくなる音楽だと思います。なので、第一次情報として、とにかくいきなり僕の文章を読みながら聴いてほしい。一回ピアソラを聴いた人が、ピアソラ以前のタンゴを聴きもしないで蔑む。ちゃんと確かめないで踊りの伴奏だっていきなり決めつける。あなたそれで何を聴きましたか?というと、何も聴いていない、だけどみんながそう言ってる、と。そういう確証バイアスを解消するためにQRコードを付けたという感じですね。

── これは今だからできることでもありますよね。

小松 そうです。2009年に『小松亮太とタンゴへ行こう』(旬報社) という本を出しましたが、あの時の反省点というか、当時しかたがなかったんだけど、僕がせっかく「この人のこんな演奏がある、これを聴いてくれ」って叫んだところで、みんなCDが買えなかったわけなんですよ。やっとその問題が解消されたわけです。
 ただ変なもので、SpotifyとかYouTubeで、いつでも聴ける、タダで聴ける、っていう状態になっても、ピアソラが正義だと思った人はピアソラ以外をまず聴かないですよね。しかも不思議なもので、音楽評論家の人であればあるほどそうなんです。ピアソラという人がタンゴの革命改革をしたのだ、っていうイメージを崩したくないという心理がすごく働いてるから。そうじゃなくて、ピアソラっていう人は実はダンスホールにも普通に出演してたしね。私はダンスホールでは弾きませんっていうのはむしろピアソラの先輩たちがやってたことだ、というような歴史的事実を見ようとしない。そこのところに対して、要するに読者が逃げ道を作れないように、この本読んだ以上これ聴いてるはずでしょ? って感じです。

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 インタビュー後に読んだ『タンゴの真実』は、やはり刺激に満ちていた。多少はタンゴやバンドネオンの歴史を追っていたつもりの筆者にとっても、断片的に知っていたエピソードの間の欠けていたピースが次々と埋められ、やがてひとつのストーリーとしてつながる驚きたるや。アーティストに対する評価など、個人的な好みに関わる部分については置くとしても納得感が大きく、まして丹念な事実関係の積み重ねとそれに基づく推論については学ぶことしかない。音楽史、音楽界の中にタンゴを置くべき場所と範囲の指標を定めるという大きな役割を果たし、これからタンゴを語る上で新たな基準となる一冊であると思う。

 次回は新アルバム『ピアソラ:バンドネオン協奏曲 他』について。巨匠ミシェル・プラッソンのこと、『他』の部分に収録された音源への想いなど、こちらも興味深いお話ばかりである。請うご期待。

(ラティーナ2021年4月)

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