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[2017.07]【連載 ラ米乱反射 #135】起死回生かけ制憲議会議員選挙に向かうマドゥーロ政権 米南方軍は18ヶ国を巻き込んでカリブ海で合同演習

文●伊高浩昭(ジャーナリスト)

 ベネズエラ都市部での反政府勢力によるチャベス派政権打倒のための街頭動員戦術は2017年4月初めから2ヶ月半続いており、反政府派暴徒の暴力などによる死者は90人近く、死者は1200人を上回る。ニコラース・マドゥーロ大統領のチャベス派政権は苦境超克のため、1999年の現行憲法(チャベス憲法)を大幅改定して「マドゥーロ憲法」とも呼ぶべき「新憲法」を制定する起死回生戦略を遂行、7月30日に制憲議会(ANC)議員選挙を実施する。反政府勢力の中核である保守・右翼野党連合MUD(民主連合会議)は同選挙ボイコットを表明、街頭戦術を激化させている。トランプ米政権はベネズエラにあからさまに内政干渉しMUDを支援してきたが、6月6日、ベネズエラに近いカリブ海域で17日までの日程で米南方軍中心の「貿易風2017」と名付けた19ヶ国合同軍事演習を実施、マドゥーロ政権に軍事圧力をかけている。

▼翼賛協同主義も導入

 マドゥーロ大統領はANC開設を5月1日発議した。政権はANC開設の必要性について、「政府からの度重なる対話の呼び掛けを反政府野党勢力が頑迷に拒否してきたため、対話を可能にする唯一の場として必要不可欠だ。彼らはマドゥーロ大統領を排除するだけのために危険な行動を激化させてきた。この緊張のガスを抜くためANCというバルブが必要だ」と説明してきた。著名なジャーナリストで民放テレベンで毎日曜日「今日のホセ=ビセンテ」というニュース番組でキャスターを務めているホセ=ビセンテ・ランヘール(87)は6月4日の同番組で最新の世論調査結果を発表、「回答者の54%はANCを国民対話の場として望ましいと受け止めている」と明らかにした。

 国家選挙理事会(=中央選管、ティビサイ・ルセーナ議長)は5月下旬、ANC議員は総数545人、うち364人は全国の都市を基盤とする地域選挙区、181人は職能別選挙区と発表した。職能別は翼賛協同主義に立ち、配分は労働者79人、年金生活者28人、学生24人、コムーナ(コミューン)理事会24人、先住民族8人、農漁民8人、身体障害者5人、経済人5人。立候補希望者は5月31日~6月1日の2日間に、CNEのウェブサイトに登録する。受理された者のうち地域選挙区は、選挙区内有権者の3%の署名を6月6~10日に集めてCNEに提出。職能別は同じく11~14日に署名を提出する。登録した出馬希望者は地域1万9876人、職能3万5438人。7月30日の選挙の結果が判明してから72時間後にANCは開設される。

 マドゥーロ大統領は「ANC議員の半数は女性にしよう」と言っている。大統領を党首とする政権党ベネズエラ統一社会党(PSUV)は全国で選挙運動を展開。政権党副党首ディオスダード・カベージョ、大統領夫人シリア・フローレス、外相デルシー・ロドリゲス、文化相アダン・チャベス(故ウーゴ・チャベス前大統領の実兄)、大統領府長官カルメン・メレンデス、コムーナ相アリストーブロ・イズトゥーリスら政権側の大物も出馬する。

 ルセーナCNE議長は6月初め、一堂に会した国軍士官団にANC開設について説明、「ANCは、この国の針路を決める議会」と位置づけた。この会合に出席したデルシー・ロドリゲス外相は、「大統領は、反政府勢力(MUD)が対話を拒否していることから社会的安定を確保するためにANC開設構想を打ち出した」と経緯を説明。エルネスト・ビジェーガス情報相は、「帝国主義者(米国)にベネズエラ侵略の口実を与えてはならない」と警告し、ブラディーミル・パドゥリーノ国防相は、「国防省の役割は、主権を防衛し安寧秩序を保障することだ」と強調した。

 これに対し、フリオ・ボルヘス国会議長を代表とする野党連合MUDはANC開設に反対、選挙をはねつけている。MUDは2015年12月の国会議員選挙で圧勝、16年初めから行政府と事毎に対立、行政の脚を引っ張った。行政府はチャベス派判事が大勢を占める最高裁の憲法法廷を使って国会議決を悉く葬ってきた。だがこの手法にも限界があり、我慢が限界に達した大統領は3月末、最高裁が国会機能を代行する決定を、憲法法廷に合憲と判断させた。すると、検察庁を率いるルイサ・オルテガ検事総長が「違憲」だとして待ったをかけた。最高裁判断は覆され、国会の機能は元に戻されたが、MUDは勢いづき、米政府およびルイス・アルマグロ米州諸国機構(OEA)事務総長と連繋し街頭での政権打倒運動を開始、今日に至る。

 オルテガ検事総長は以後、治安部隊による反政府街頭行動規制の在り方、街頭での死者の死因などを巡って政権を厳しく批判、ついにはANC開設反対を打ち出した。その言い分は、「憲法変更はさらなる危機を招く。現行憲法は故チャベス前大統領の遺産にして最良の憲法であり、人権、民主、人民参加型、生活権保障、社会正義、差別無き平等などの条項は世界で最も進んでいる」というもの。さらに、大統領がANC開設を発議するには「登録有権者の15%以上の賛成票が必要」とする憲法348条に則り、「それを確認するための国民投票が必要」と主張した。

 カトリック教会を指導する司教会議も、「ANC開設は不要だ。現行憲法を遵守すべきである」と反対、「人民が食事、薬品、治安、安寧、公正な選挙を求めているいま、政府と教会は人民福利のために協働可能だ」と訴えた。

 これを受けてMUDは国会で、野党(政権党)抜きで「護憲国民戦線」(FNDC)を結成、ANC開設反対運動を続けている。反対者は皆、「発議時の違憲性」を主張した。しかし最高裁憲法法廷は5月31日、「大統領によるANC開設発議に際し国民投票は不要」との判断を下した。

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