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[2018.08]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第7回 酔いどれたち(ロス・マレアドス)

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA

 タンゴの名歌曲の中には、一度発表されたのちに、別の詩人によって新たな詩がつき広く知られるようになった曲がいくつかある。現在もさかんに演奏され、歌われている名曲「ロス・マレアドス」(酔いどれたち)もそうしたタンゴの一つである。

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Roberto Diaz  Los dopados(1922年)

 1922年、劇作家だったラウル・ドブラスとアルベルト・ウェイスバックは自らの劇作品「ロス・ドパドス」Los dopados(麻薬びたり)に使用する曲を、ピアニストのフアン・カルロス・コビアンに依頼した。曲には劇のタイトルと同じ曲名がつけられ、詞は劇作家二人が書いた。

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Roberto Diaz

 この劇は5月に上演され、すぐあとに歌手ロベルト・ディアスが「ロス・ドパドス」を録音(伴奏はコビアンのピアノとアヘシラオ・フェラサーノのバイオリン)、ほぼ同時期にオスバルド・フレセド楽団(こちらもピアノはコビアン)による器楽演奏のレコードも発売された。しかしそれ以上この曲が知られることはなかった。

 何もなく20年が過ぎた1942年のある日、作詞家エンリケ・カディカモの家にバンドネオン奏者アニバル・トロイロが興奮して入ってきた。手にはフレセド楽団の「ロス・ドパドス」のレコード。この曲にカディカモの詞をつけてもらって、すぐにでも披露したいと言う。カディカモはすでに1936年の「ノスタルヒアス」を始め、コビアンとは数多くの共作をしていたが、「ロス・ドパドス」のことは知らなかった。もちろん歌詞がすでにあったことも。

 カディカモはコビアンに確認しようと思ったが、稀代のボヘミアンであるコビアンはあいにく北米に行ったまま。トロイロがあまりにせかすので、断られることもないだろうとカディカモは歌詞をつけ、タイトルをかえ、専属歌手フィオレンティーノの歌によりキャバレー・ティビダボで初演した。

 トロイロ楽団は6月15日に録音、すぐに話題となった。ちょうどその頃、行方知れずだったコビアンからカディカモに手紙が届いた。一度は米国籍を取得したコビアンだったが、第2次大戦の兵役に駆り出されては困るのでメキシコに避難、帰国したいが金がない、という内容だった。ちょうどいいタイミングということで、カディカモは事情を説明し、早速帰国費用を送ってあげた。

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Enrique Cadicamo

 ところがこの名曲は再びつまづく。1943年大統領になったラミレス将軍がラジオ放送の規制を実施、俗語を使ったり「不適切」な内容を持ったタンゴを放送から締め出したのだ。なぜか「ロス・マレアドス」もこの規制にひっかかってしまう。

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