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[2021.02]日本のラテンシーンを作ってきた人たち〜ブラジル音楽編《前編》〜

文●中原 仁 text by JIN NAKAHARA

 【e-magazine LATINA】の総合プロデューサー、宮沢和史さん肝いりの企画「日本のラテンシーンを作ってきた人たち」。第一弾はブラジル音楽編、時代を追い、2回に分けて担当する。なお、登場人物の名前は敬称略で表記させていただく。

 1951年、日本の芸能団がブラジルに渡り、5カ月にもわたる日系人コミュニティー向けの公演を行なった。一座の一人が新人歌謡歌手、生田恵子(1928年~1995年)。彼女は滞在中、ルイス・ゴンザーガ作の「Baião de dois(邦題:バイヨン踊り)」と「Paraiba」、ルピシニオ・ホドリゲス作のサンバ・カンサォン「Vingança(復讐)」を日本語で録音した。しかも伴奏はカニョート(カヴァキーニョ)、メイラ、ジーノ(ギター)、アルタミーロ・カヒーリョ(フルート)らの超一流どころで、さらに当時、スター街道まっしぐらのルイス・ゴンザーガがスタジオを訪れ、直々に歌唱指導をしたそうだ。
 これが、日本とブラジルの音楽家同士のファースト・コンタクトだろう。ブラジルに海外最大の日系人社会があることが背景だ。しかも上記の曲はブラジルでSPとして発売され、日系人社会で万単位のセールスを記録したという。帰国後、生田恵子は “バイヨン娘” として人気を集め、バイヨン、サンバ、リオ、サンパウロといったブラジルちなみの曲も発表したが、これらの曲はラテン歌謡調でブラジルらしさはない。

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写真:生田恵子

 なお50年代前半には、美空ひばりも「陽気なバイヨン」「春のサンバ」といった曲を録音したが、これらもラテン歌謡調だ。

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