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[2017.08]【連載 ラ米乱反射 #136】制憲議会開設かマドゥーロ政権否定か 天王山対決を迎えるベネズエラ

文●伊高浩昭(ジャーナリスト)

 マイアミに司令部を置く米南方軍は2017年6月6~17日、カリブ諸国など18ヶ国を巻き込んでバルバドス領海、次いでトゥリニダード&トバゴ(TT)領海で合同演習を実施した。「貿易風2017」と名付けられた演習だが、ベネズエラのマドゥーロ政権に軍事圧力を掛けるための明かな「砲艦外交」だった。特にTTはベネズエラ東部の目と鼻の先に位置する。南方軍は、米国務省と並ぶマドゥーロ政権打倒工作の中心機関なのだ。ベネズエラが緊張しないはずはなかったが、ニコラース・マドゥーロ大統領は挑発に乗らず、沈黙をもって演習をやりすごした。この演習最終日の17日、私は東京から上海、ニューヨーク経由で40時間かけて、米東岸はるか沖の大西洋に浮かぶ観光植民地、英領バーミューダ島都ハミルトンに着いた。ここから日本のNGOピースボートの世界周遊旅客船オーシャン・ドゥリーム(OD)号で4日間かけてベネズエラに向かうためである。船はドミニカ共和国(RD)と米領プエルト・リコの間のラ・モナ水道を経てカリブ海に入った。

▼米国の隠謀

 私が旅行の準備をしていた6月半ば、マイク・ペンス米副大統領が、マイアミで開かれていた「中米安全保障・繁栄会議」で、米州諸国に「ベネズエラでの権力濫用と暴力を早急に止めさせるべきだ」と発破をかけた。するとボリビアのエボ・モラレス大統領は政治首都ラパスで、すかさず「米副大統領よ、権力濫用とは気候変動に関するパリ合意をないがしろにするような行為を指すのだ。母なる大地の権利を守る合意を尊重しないことが権力濫用なのだ。世界中に侵略のための軍事基地を置いていることこそ、権力濫用なのだ」と論難した。反論の余地を与えない見事な論駁だった。

 ペンスが指摘した「ベネズエラの暴力」の大部分は、保守・右翼野党連合MUDを中核とする反政府勢力の非合法活動に起因する。米政府が書いた筋書き通りにMUDは動き、テロリズムや破壊活動を演じている。暴力を煽っておいてマドゥーロ政権に責任をなすりつける。これが米政府と、その息のかかった内外メディアや米州諸国機構(OEA)の悪しき作風なのだ。OEA本部はワシントンにある。キューバの故ラウール・ロア外相が「米政府の植民地省」と喝破したように、OEAは恥も外聞も憚らず、米政府のLAC(ラ米・カリブ地域)への威圧的橋頭堡の役割を担ってきた。

 もちろんマドゥーロ政権が全面的に正しいわけではなく、失政もある。しかし、LACでの覇権回復とベネズエラ原油支配を念頭に同政権打倒を画策する米政府を称讃するわけにはいかない。マドゥーロ大統領は、「暴動で若者が死んでいる。暴動をけしかけているエンリケ・カプリーレス(ミランダ州知事)やミゲル・ピサーロ(カプリーレス派極右政党「まず正義を(PJ)」の国会議員)に責任がある。彼らは暴徒に資金を渡している。いずれ刑務所行きになる」と断言する。

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バーミューダ島都ハミルトンの街並み(2017年6月17日、伊高浩昭撮影)

 スリア州オヘーダ市でネルソン・バローソ(53)という記者が殴打された他殺体で発見された。FM「アメリカ放送」社主で、チャベス派のレオニダス・ゴンサレス国会議員の報道官を務めていた。極右政治家に動員された暴徒の一団はオートバイで暴れまくり、逃げる途中、仲間同士が激突し2人が死亡した。カラカス首都圏中心部のリベルタドール区では破壊活動と治安部隊要員への傷害で23人が逮捕され、銃器、爆発物が押収された。これらの事件を米政府も、反政府勢力を支援する内外の財閥系の新聞もテレビも非難しない。

 選挙管理委員会に相当する国家選挙理事会(CNE)のティビサイ・ルセーナ理事長は、16年末に実施予定だった州知事・州会議員選挙を1年遅れで17年12月10日に実施すると発表した。7月半ば有権者登録開始、8月出馬登録、9月公認候補発表、11月選挙戦開始という日程だ。大統領選挙は18年12月実施予定だ。この7月30日に実施される制憲議会(ANC)議員選挙には、地方区候補3200人、職能別候補2300人が公認された。その公式選挙戦は7月9日始まった。

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チャベス派の壁宣伝が目立つカラカス中心街(2017年6月22日、伊高浩昭撮影)

 私は船の甲板でメモ帳をめくっていた。天候さえ良好ならば、大海原はのどかだ。船の突進に驚いた飛び魚の群が進路左右に飛び散る。時折、海亀が浮かび上がり、イルカが同道する。このカリブ海の西北端には、メキシコの海浜保養地カンクンがある。そこでは6月19~21日、OEA外相会議が開かれていた。中心議題はベネズエラである。OEAの「米州民主憲章」を同国に適用し「ベネズエラが民主を逸脱している」と宣言、これを大義名分としてベネズエラに介入する。これが米国および同調する域内保守・右翼陣営の戦略だった。

 私は船の協力を得て、カラカス、カンクン、ワシントンから情報を集めた。OEAは米州35ヶ国のうち、1962年に追放され、追放決議解除後は復帰を拒否している社会主義キューバを除く34ヶ国が加盟するが、ベネズエラは4月末、脱退を宣言、手続きに入っている。脱退には宣言から2年かかり、その間、加盟資格は維持される。「ベネズエラの雌虎」の異名をとるデルシー・ロドリゲス外相は出席してマドゥーロ政権の立場を主張、批判を論破、裁決には参加しない方針だった。彼女はカンクン会議を最後の任務とし、会議閉会とともに外相を辞め、ANC議員候補になるのが決まっていた。船がカラカスの外港ラ・グアイラに着くころ、外相会議の結果は出ていて、外相も交代しているはずだった。

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