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[2019.04]モニカ・ストーリー

文●宮ヶ迫ナンシー理沙 text by NANCI LISSA MIYAGASAKO

 モニカ・サウマーゾ・ピニェイロ、1971年、サンパウロ生まれ。歌手。彼女の歌への愛は、幼少期に家で聴き親しんだ様々なMPB(ブラジルポピュラー音楽)の音楽に由来する。音楽を専門的に学ぶに至ったのはそのずっと後、大学受験前の予備校で勉強をしている時。1980年代初頭の芸術運動「サンパウロ前衛派(ヴァングアルダ・パウリスタ)」の中心的グループだったグルーポ・フーモのメンバー、ヒカルド・ブレインが主催する音楽講座で歌唱の勉強をしたことがきっかけで、その後大学進学を辞めて歌手になることを決意した。

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 本格的な歌手として初めての仕事は、1989年、マリア・ベターニアやミルトン・ナシメントなどの舞台演出も手がけるGabriel Villela演出によるドイツの作家オスカー・パニッツァ作の『愛の公会議』の劇場での歌の仕事だった。その後、ヘナート・ブラス、ファビアナ・コッツァなど今も活躍を続ける錚々たる面々が参加した、エドゥアルド・グヂンが率いる Notícias dum Brasil に参加するまでは、サンパウロ市内のバーなどで研鑽を積んだ。モニカの声を聴くこのできる最初のCDは、Mario Gilの『Luz do Casi』(1993)のなかの「Cidadela」。その後、Palavra Cantadaというデュオによる子ども向けの作品『Canções de Brincar』(1996) のなかで3曲を歌っている。同時期、映画音楽を多く手がけた Inácio Zatz の『La Nave』にもNá Ozzettiらと参加している。

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