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[2017.04]島々百景 #14 サウダーヂ

文と写真:宮沢和史

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 ポルトガル語で言うところの「Saudade~サウダーヂ」という言葉はなかなか翻訳しづらい感情で、僕自身100%理解しているか自信はないが、説明する時には「もう戻れないかもしれない場所への郷愁。二度と手元に戻らないかもしれない物、会えないかもしれない者への愛惜の思い」そんな風に表現するようにしている。英語の単語で言おうとするとこれがなお難しい。ジョアン・ジルベルトのデビュー曲でアントニオ・カルロス・ジョビンの名作〝Chega de Saudade〟は英語の表記は確か〝No More Blues〟だった気がするが、うーん、どうだろう? 〝miss〟という言葉が近い気もするが、サウダーヂよりも会話の中で使われる頻度が多く、軽い印象を受けるがいかがだろう? そこで頭に浮かんだのが〝Nostalgia~ノスタルジア(スペイン語読みではノスタルヒア)〟フランス語では〝Nostargie~ノスタルジー〟という言葉。耳に馴染んだ言葉だし、サウダーヂに近い意味合いかもしれないな? 正確にはどんな意味だろうか?と少し調べ始めたらこれが興味深いのだ。

 ネットであれこれ閲覧し、意味を見てみると「遠く離れた場所から故郷、元いた場所(原郷)を懐かしむこと(郷愁/望郷)・遠く離れた時間を懐かしむこと(懐古/追憶)」とあった。おおっ! ほぼサウダーヂと同じ意味! だが、この言葉は外来語として現代では「その服ちょっとノスタルジックだね」とか「ノスタルジックな映画だったね」というように結構ササっと使える言葉であり、意味は一緒でも言葉の重みが違うのかなぁ? と思いながらさらに調べ進めていったら、この言葉の語源はギリシャ語の〝nostos(家に帰る)〟と〝algos・algia(悲嘆、心の苦しみ)〟という言葉をくっつけてスイスの医師ヨハネス・ホウファー氏が1688年に生み出した造語だというのだ。その時代の不安感、不安定さから沸き起こる人々の憂鬱な心情を表そうとした言葉で、のちにこの感情は歴とした病であると認識されるようになっていった。戦における兵士たちのこれから起きるであろうことへの不安、ストレスが感情の苦しみを生み、心の病となると精神病理学的に分析されたのだ。愛する原郷に帰れないかもしれない不安、恐怖に襲われる状態に陥るわけで、戦況が良いと生まれにくいが劣勢になると込み上げてくる感情だから、軍としてはあまりよろしくない、マイナスな心の病として疎んだのだ。20世紀の手前頃には精神病理学的な病としてこの言葉を捉えようとはしなくなっていく。(ホームシックという感情にシック(病)という言い方をするのは名残かもしれない)それからは現代で使われているような「過去や故郷を懐かしむ」という使いやすい慣用句として用いられるようになったわけだが、もともとは合成語であり病の名称だったとはなんとも驚きだ。

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