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[2020.02]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第25回 ノーチェス・デ・コロン(コロン劇場の夜)

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA

タンゴの歴史は長く、今も歌い継がれる名曲が描く舞台はすでに失われてしまったものも多い。タンゴ第一次黄金期のコリエンテス通りは今のコリエンテス通りとはちがう位置だし、かつてのキャバレーやカフェも残っているものはほとんどない。そんな中、世界3大オペラハウスの一つ、コロン劇場は今もブエノスアイレスの栄華の象徴としてあり続けている。

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 コロン劇場は1888年、五月広場を望む場所に建設されたが、20年後の1908年に現在のラバージェ広場にあらためて建設され、「世界3大オペラ・ハウス」の名に恥じない内装と演目内容を誇ってきた。「オペラの殿堂」であるコロン劇場にタンゴの演奏家が初めて登場したのは1928年8月14日の「グラン・フェスティバル・アルティスティコ」で、1930年代からはカーニバルの時期にカナロ、フレセドなどの名流楽団が登場した。ペロン時代以降はさらにポピュラー音楽寄りになったが、それでもコロン劇場にタンゴ楽団が登場することは稀だったし、フォルクローレが登場したのは1972年のメルセデス・ソーサが最初だという。1972年のトロイロ、サッソーネ、サルガン、セステート・タンゴ、ピアソラのコンフント9が出演した「タンゴ・エン・エル・コロン」や、1983年のピアソラのコンフント9(臨時再編)と交響楽団によるコンサート、1985年のオスバルド・プグリエーセの80歳記念コンサート、2006年の「カフェ・デ・ロス・マエストロス」のコンサートは映像にも残っており、タンゴ・ファンにも知られているが、今もって誇り高いオペラとクラシック音楽の殿堂であることに変わりはない。

「コロン劇場の夜」オリジナル楽譜

「コロン劇場の夜」オリジナル楽譜

 この曲が作られたのは1926年、まだコロン劇場はポピュラー音楽に門戸を全く開いていない時代だ。

カルロス・ガルデル「コロン劇場の夜」(1926)

カルロス・ガルデル「コロン劇場の夜」(1926)

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