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[2022.3]【太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ⑳】 モアナの世界 ―神話とフィクションとしてのポリネシア―
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[2022.3]【太平洋諸島のグルーヴィーなサウンドスケープ⑳】 モアナの世界 ―神話とフィクションとしてのポリネシア―

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文●小西 潤子(沖縄県立芸術大学教授)

 先月号では、ポリネシアの第1回目としてトンガをとりあげました。ポリネシアはギリシャ語で、多くの島々のこと。では、具体的にどのあたりを指すのかといえば、ハワイ、ニュージーランド(アオテアロア)、イースター島(ラパヌイ)を結ぶ三角形の海域です。広大な海域に散らばる島々の言語や文化に共通点があるのは、西ポリネシアのトンガ、サモアで形成された古代ポリネシア文化が、人々と共に拡散したからだと考えられています。しかも、長年に渡る移動と定住を経て、それぞれの相違点も際立っています。

 近年、西ポリネシアの人々の先祖は、台湾からインドネシア東部、ミクロネシア、メラネシアを経由してやってきたラピタ人だと考えられています。彼らは、移住先にブタ、イヌ、ニワトリ、タロイモ、ヤムイモ、バナナなどを持ち込み、外洋域で真珠貝製のルアー型釣り針を使ってマグロやカツオのトローリング漁を行い、大型の木製釣り針でサメを捕獲しました。ハワイでは、人骨を含む釣り針が多く出土しています。

写真1 海洋文化館の床地図とカヌーによる人類移動の展示
(沖縄県本部町 海洋文化館 2013年10月13日 撮影:小西潤子)

 しかし、ラピタ人は今から約2,800年前、西ポリネシアに留まったまま移動を休止します。その理由は、ミステリー。その間、年長の男性を長とする家集団カーインガ kainga を中心に、それらを包括したカイナンガ kainanga から成る古代ポリネシア社会が形成されました。世俗的・宗教的リーダーのアリキ arikiが、ヤムイモの作付けや収穫、感謝祭などを取り仕切り、小高い場所にある歴代アリキの霊廟に設けられたマラエ marae で儀礼が行われました。

 ところが、今から約2,000年前、新たな東進が始まったのです。そして、5~9世紀にはポリネシア中部のマルケサス諸島、9世紀から13世紀頃にかけて2,000~4,000㎞の航海を経てハワイ、ニュージーランド、イースター島にまで人類が到達したと考えられています。しかし、18世紀後半イギリスのジェームズ・クック船長(1728 - 1779)が訪れた時には、ポリネシアの航海術は廃れかけていたそうです。ちなみに、1990年代になってポリネシアで伝統的カヌー復元運動が高まりました。

写真2 パゴパゴに到着したクック諸島のカヌー
(アメリカンサモア、パゴパゴ 2008年7月28日 撮影:小西潤子)

 さて、クック船長は、1778年12月初めの新年マカヒキ makahiki 祭の最中にハワイ島ケアラケクア湾に入港したことから、豊饒と農業の神ロノに見立てられました。請われるまま儀礼に参加し神送りされますが、翌年1月に暴風雨のため船が破損して戻ってきたところ、殺害されてしまいました。この事件について、構造主義的歴史人類学者マーシャル・サーリンズ(1930 - 2021)は、「王による神殺し」と見なし、ポリネシアにおける西洋人との出会いを「神話の実践」だと解釈しました。

 古代ポリネシアの神々としては、生命力の神 Kane カーネ、海の神タンガロア Tangaroa (創造神 カナロア Kanaloa)、半神半人のトリックスターのマウイ Maui、マウイの母で月の神ヒナ Hina、森や戦いの神クー Ku、最初の男女神パパ Papa (大気と地盤)が知られています。ニュージーランドのマオリには、マウイが女祖先の抜け殻の下顎で釣り針を作ってニュージーランドを釣り上げたことや、人類のために永遠の生を勝ち取ろうとしたマウイが、女祖先である黄泉の国の守護神の力で圧死したという神話が伝わっています。

 さて、本題の Moana はムワナ MWAH-nah と発音すると、ポリネシア語で「大海原」の意味。これに因んで、ディズニー映画『モアナと伝説の海』のヒロインは、モアナ moh-AH-nah と名づけられました。 Moana Official Trailer の動画をご覧いただけると、ここまでポリネシアの人類移動について述べてきた理由をお察しできるでしょう。この映画は、西ポリネシアにおける約2,800年前の島嶼間移動の一時休止を巡るフィクションなのです。したがって、舞台はハワイではなくサモア。ただし、音楽や音響、アニメーションの素材はポリネシア各地や太平洋諸島から集められ、どことは特定できない世界が描かれています。

Moana Official Trailer

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