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[2018.02]【連載 ラ米乱反射 #142】ホンジュラス大統領選で現職が「不正当選」 チリでは保守・右翼連合が政権奪回

文●伊高浩昭(ジャーナリスト)

 ラ米では2017年終盤、大統領選挙ないし大統領を巡って様々な動きがあった。その最たるものは、11月26日実施のオンドゥーラス大統領選挙だった。この国の憲法は大統領再選を禁止していたが、現職大統領フアン・エルナンデス(国民党)は15年、世論の反対を無視して最高裁判所を動かし憲法の再選禁止条項を無効化、強引に出馬した。

 だが有権者は国民党の右翼強権政治に飽き飽きしており、中道進歩主義の「反独裁野党同盟」から出馬した対立候補サルバドール・ナスララ(テレビスポーツ番組キャスター)に勝たせようとした。選管は開票率57%段階で、ナスララの得票率が5ポイント上回っていると発表。逆転困難な趨勢で、ナスララ当選は堅いと見られていた。3位は穏健改革派候補ルイス・セラヤ(自由党)だった。

▼筆頭バナナ共和国

 ところが選管はこの発表後、説明無しに開票作業を30時間も止めた。その後、開票作業を遅らせ、投票2日後の28日、ナスララ優位は消し去られ、エルナンデスが29日「逆転」。12月3日の開票率95%段階の得票率はエルナンデス42・9%、ナスララ41・4%で、「現職再選濃厚」とされた。ナスララ陣営は選管に異議を申し立て、投票された全ての票の数え直しを要求、選挙監視団を派遣していた米州諸国機構(OEA)も当初、これを支持した。だが、こうした流れを堰き止めたのは米政府だった。

 米国務省は11月28日、エルナンデス政権下で「人権・腐敗状況が改善された」と表明、執行を停止されていた治安部隊への援助資金1700万ドルの執行に道を開いた。しかし著名な女性人権活動家ベルタ・カセレスを16年3月に殺害した犯人一味は特定されななら依然野放しだ。カセレスは自然破壊と生活権を守るため、先住民族の同意無しに決められた政府肝煎りの水力発電所建設計画に反対、先住民族の側に立って政府を糾弾していた。このため、利権で結託した政府当局者・財界・殺し屋の一味に暗殺された。大統領エルナンデスの腐敗疑惑も解明されていない。

berta-caceresのコピー

殺害された人権活動家ベルタ・カセレス

 米政府が開票過程の混乱時にエルナンデス政権支持に等しい援助再開方針を打ち出したのは、開票の不正を見て見ぬふりする不正加担行為と内外世論から見なされた。首都テグシガルパの米大使館は「不正」を一切告発することなく、事態黙視を決め込んだ。事あるごとにマドゥーロ・ベネズエラ政権を「民主欠如」と糾弾する米政府の余りにも身勝手な二重基準が際立った。この国の大統領選挙では過去にも投開票の不正があった。上位2候補による決選投票制度を持たない選挙制度の欠陥がまたも問題視された。

ナスララ

野党候補サルバドール・ナスララ

 オンドゥーラスは米国にとり中米随一の追随国。1954年6月に同国から侵攻した米国の傭兵部隊がハコボ・アルベンス大統領のグアテマラ改革政権を倒した。61年4月のキューバ・ヒロン浜侵攻作戦には、オンドゥーラスも米軍機や米国傭兵部隊の出撃基地として使われた。米国は80年代、ニカラグアのサンディニスタ革命政権を倒すため、傭兵部隊コントラをオンドゥーラスから侵入させた。オンドゥーラス軍は80年代のエル・サルバドール内戦中、米軍に呼応して反革命側を支援した。

 オンドゥーラスには、米軍がラ米に維持する最大級の軍事基地であるパルメローラ空軍基地がある。2009年6月、同年1月発足したばかりのオバーマ米政権は、当時のチャベス・ベネズエラ政権に接近したオンドゥーラスのマヌエル・セラヤ大統領を追放した軍事クーデターに関与、この作戦に同基地が使用された。この政変を指揮したのは、当時のヒラリー・クリントン米国務長官だったとされる。バラク・オバーマ大統領は必ずしも乗り気ではなかったとされ、政変後の大統領選挙の早期実施をオンドゥーラスに求めた。

 国民党を中心とするオンドゥーラスの保守・右翼勢力は当時、セラヤ大統領が憲法の再選禁止条項を改めるため国民投票を準備したと断定、これを口実に軍部と謀ってクーデターを打った。これを支持したエルナンデスは今度は、自ら同条項を無効化して強引に再選を狙った。軍部も米国も異議を唱えなかった。

 開票不正の気配にナスララ支持派は激昂し各地で抗議行動を展開。治安部隊が出動し、死傷者、逮捕者が増えてゆく。政府は12月1日、全土に夜間外出禁止令を発動、戒厳令並の弾圧態勢を敷く。同月半ばまでに警官2人を含む死者14人が出た。ナスララ陣営を支持するプログレス放送のアンテナは破壊された。逮捕された者には「テロリスト」の容疑がかけられた。「バナナ共和国の筆頭」と揶揄されるオンドゥーラス。まさにむちゃくちゃだ。選管が12月17日、「エルナンデス当選」を発表、抗議行動は諦めと忘却が支配するまで続くだろう。「怪しげな2期目」は18年1月始まる。この国の有権者の「民主信頼率」は34%で、ラ米最下位だ。

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エルナンデス大統領派の「開票不正」に抗議する有権者たち


▼ピニェーラ次期政権の問題は国会

 チリでは2017年12月17日、大統領選挙の決選投票が実施され、保守・右翼連合「チレ・バモス」(さあ行こうチリ)の候補セバスティアン・ピニェーラ前大統領が得票率54・6%で当選。18年3月11日、4年ぶりに政権に復帰する。11月19日の第1回投票で2位につけた政権党「新多数派」内の左翼「多数派勢力」候補アレハンドロ・ギジエル(テレビジャーナリスト)は45・4%で及ばなかった。ピニェーラ陣営は、「ギジエルが勝てばチャベス派政権のベネズエラのようになる」と悪宣伝を展開、これがかなり物を言った。虚偽宣伝に踊らされる無知な有権者はどこにでもいるものだ。

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