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[2018.09]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第8回 最後の酔い(ラ・ウルティマ・クルダ)

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA

タンゴに限らず、作詞者と作曲者がどうやって曲を作っていくのか、ということは意外と音楽ファンには知られていないのではないだろうか。今回の「最後の酔い」は珍しくその完成の瞬間がエピソードになって残っているケースである。

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 作詞はカトゥロ・カスティージョ Cátulo Castillo。タンゴ初期の大作詞家ホセ・ゴンサレス・カスティージョを父に持ち、1906年ブエノスアイレスに生まれた。父がアナーキストだった関係で、幼少期を逃亡先のチリで過ごす。17歳の時、父の作詞した「たそがれのオルガニート」に作曲、しかし本人はボクシングに夢中で、フェザー級のアルゼンチン・チャンピオンとなり、アムステルダム・オリンピックの候補選手に指名されるほどだった。しかし結局スポーツの道はあきらめ、ピアニストとなる。1927年のこと、ひょんなことがきっかけでミゲル・カロー、アルフレド&リカルド・マレルバと共に、カトゥロ・カスティージョは楽団を率いて歌手ロベルト・マイダと共に1年半にわたってスペイン中を公演する。

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アニバル・トロイロとカトゥロ・カスティージョ 

 帰国後もピアニストとしてカフェでの演奏を続けていたが、1937年父ホセ・ゴンサレス・カスティージョが死去すると、カトゥロは作詞にその才能を発揮し始める。カトゥロが他の作詞者と比べて際立っているのは作曲者が非常に幅広い点。エンリケ・デルフィーノ(作品「ディネロ・ディネロ」)、エルビーノ・バルダーロ(「わがバイオリンが君を呼ぶ」)、オスバルド・プグリエーセ(「ウナ・べス」)、セバスティアン・ピアナ(「赤インキ」)、アルマンド・ポンティエル(「アノーチェ」)、エクトル・スタンポーニ(「最後のコーヒー」)、マリアーノ・モーレス(「回転木馬」)といった多彩さである。その中で最も多くの作品を共作したのが、今回の「最後の酔い」の作曲者でもあるアニバル・トロイロ。トロイロとは1946年の「マリア」を最初として、1953年「ウナ・カンシオン」、1954年「ラ・カンティーナ」、1960年「デセンクエントロ」、1969年「最後の街灯」、トロイロの生前最後の作品ともいわれる「フジヤマ」など全17曲を共作している。

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