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[2017.12]【連載 ラ米乱反射 #140】内戦終結から25年、傷癒えない人々 エル・サルバドールの人道問題を探る

文●伊高浩昭(ジャーナリスト)

 首都サンサルバドール(SS、人口175万人)の南方郊外にあるエル・サルバドール(ES)国際空港には「オスカル=アルヌルフォ・ロメーロ」の名前が冠せられている。1980年3月24日、ミサのさなかに極右勢力が送り込んだ殺し屋に射殺された首都大司教ロメーロは、この国の内戦期の犠牲者・殉教者と「和平と公正への闘い」を象徴する人物である。大司教暗殺を契機に内戦は本格化、メキシコ市で92年1月16日、和平協定が調印されるまでに8万2000人が殺された。その多くは農民ら歴史的に虐げられた人々だった。

 2009年に大統領選挙で当選、就任したマウリシオ・フネス前大統領は10年1月の和平協定調印18周年記念日に国際空港に大司教の名をつける命名式を挙行。「ES国の名において内戦中の人権蹂躙の許しを乞う。この謝罪が犠牲者の尊厳を守り苦痛を和らげること、および傷を癒やすのに貢献することを。この姿勢が平和を強化し、国民統合の基礎を固め、希望の未来を築くことを!」と自身の言葉を刻んだ文字盤を除幕した。大統領は続いて3月の大司教暗殺30周年記念日には、文字盤の隣に画家ラファエル・バレーラが制作した「国の精神的導師」と題した2m×6mの壁画の除幕式を主催した。空港ビルの通路を歩くと、この壁画が目に飛び込んでくる。

 フネス前大統領がロメーロの顕彰に熱心だったのは、内戦を戦ったゲリラ連合「ファラブンド・マルティ民族解放戦線」(FMLN)を基盤とする最初の政権の最高指導者だったからだ。大統領任期は5年。14年の大統領選挙でFMLNの元司令サルバドール・サンチェス=セレーンが当選、同年6月1日就任し、FMLN政権は2期10年に亘って続くことになった。テレビキャスターとして有名になり大統領候補に抜擢されたフネスと異なり、教員出身のサンチェスは筋金入りのゲリラ連合幹部で、和平協定調印式にも出席した。

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国際空港にある壁画「国の精神的導師」。左から2人目がロメーロ大司教(2017年6月30日、伊高浩昭撮影)


▼内戦の経緯

 ESの内戦の遠い始まりは、1929年の世界恐慌で最大輸出品コーヒーの国際価格が6割暴落して経済が一気に疲弊、社会不満の高まりとロシア革命(100年前の1917年11月7日)の影響で翌30年、ファラブンド・マルティらがES共産党を結党した時点に遡る。2年後の32年1月22日、馘首や賃下げで困窮したコーヒー農場労働者が蜂起した。少数富裕層を守る国軍は武器を反乱者に向け、3万人を殺戮した。この一大虐殺事件がES現代の扉を開き、社会主義革命を目指すゲリラ戦に発展した。言うまでもなく、政権党の名称は共産党創設者の名に由来する。

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