【松田美緒の航海記 ⎯ 1枚のアルバムができるまで⑦】 La Selva ⎯⎯ ウーゴの宇宙船に乗って ⎯⎯
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La Selva(2021)
ウーゴの宇宙船に乗って
文●松田美緒
2020年8月、パンデミックの最中に映像チームと始めた配信 “Through The Window” の3回目に、また世界とつながりたいという思いから、ウーゴ・ファトルーソに久しぶりにメールを書いて、新しい曲を歌わせてくれないかと聞いてみた。すると、すぐに嬉しい返事が来て、わざわざこのために曲を書き下ろしてくれた。“El viaje de la libelula”「トンボの旅路」という歌で、向こうの夜明け、こちらの日暮れ・・朗らかに歌いながら地球を旅するような、ウーゴらしく愛情深い歌に、心が溶けていくようだった。しかも、配信はギタリストと一緒にやると伝えてあったので、自分でギターを弾いて送ってくれた。こちらのリハ録音を送ったら、アドバイスをくれて、楽しい音信が始まった。
思えば、パンデミックで会えないうちに何人かの大事な友人がこの世を去ってしまった。私がリスボンの頃から目標だったアンゴラのヴァルデマール・バストスが2020年8月に亡くなってしまい、しばらく立ち直れないくらい悲しかった。いつか一緒に録音しよう、と話していたのはついこないだだったのに、夢は叶わないことがある。「いつか」はいつかわからないし、やりたいことは今からやってしまわなければ。そう思って、ウーゴに「あなたの歌ばかり歌うアルバムを作りたい」と書いてみた。それをウーゴは真剣に考えてくれて、「自分の曲だけじゃなくてウルグアイのいろんな曲を選ぶよ」と実際に素敵なレパートリーを送ってくれた。また一緒に音楽ができる喜びに浸りながら、ウーゴの宇宙船に乗り込んで作ったのがこのアルバム。
まず配信で歌った「トンボの旅路」を音源化しようということになって「この曲はピアノじゃなくてギターがいい」とギタリストのニコラス・イバルブルと録音して、渥美幸裕さんがソロを弾けるスペースも残して送ってくれた。ここまではウーゴはギターしか弾いていない。
その次に届いた “La selva - Esa luz” のシンセのイントロを聴いた瞬間、幕が開くのが見えて、キターーー!!と思った。ウーゴが何も手加減せずにウーゴのサウンドを送ってきてくれている! ウーゴのパートナーのドラマー、アルバナ・バロッカスのパーカッションも息ぴったりで、爽快のなんの。ありがとう、ウーゴ、ぶっ飛びました。次々に届くデモを聴くたびに笑みがこぼれて、「最高!どんどん行って!」と返事した。
ウーゴがいつか私に歌わせたいと言っていたカルロス・ガルデルのタンゴが2曲入っていて、“El dia que me quieras” は7拍子で、“Cualquier Cosa” は「タンゴ・ロック」アレンジに。アルフレッド・シタローサのチャマリータ(ウルグアイの牧歌的な音楽)“Pal que se va” やエドゥアルド・マテオの “Esa tristeza”も届いて、まさにウーゴ特選ウルグアイ曲集に。カンドンベの “Palo y Tamboril”「スティックとタンボリン」はウーゴの先生だったピアニストのマノロ・グアルディアが、ウルグアイを代表するロックシンガーのハイメ・ロスのレバノン人の叔父さんと60年代に共作したもの。カンドンベの太鼓は、歴史深いクアレイン1080番地にセンターを構えるファミリア・シルヴァが録音してくれた。ウルグアイの素晴らしい歌手ラウラ・カノーラとの共作でミロンガ/チャマーラのリズムの “El desperdido II”「失い飽きて」は、歌詞もコミカルで長いし、こんな難しい歌に挑戦させてくれることが嬉しかった。
1曲めの “La selva- Esa luz”「密林、その光」は、セルヴァおじさんこと作者のフェルナンド・トラード・パッラによると、45年も前に見た夢からできた歌だそうだ。密林の先住民がつがえた光の矢の夢。私たちは本来は光の中にいて、そのルーツを思い出せばいい…… 密林、その光が、絶望と狂気の世界を照らす希望だ、と。ここからタイトルは “La Selva”「密林」にしようと思った。
ウーゴの名曲 “Hurry!” にも「密林を抜けて君に会いに行く」という歌詞がある。その “Hurry!” のミュージックビデオのために、カポエイリスタで写真家の荒川幸祐監督チームとともに、徳島の聖なる密林へ、二度にわたって撮影に行った。旗を舞わすのは、本物のアマゾン、仏領ギアナの舞台で知り合ったフラッグ・パフォーマーのmafu。彼に “Hurry~!” と密林を疾走してほしかったのだ!
2020年の秋も深まると、ウーゴのガイドヴォイス入りのオケが届き、それを流しながら歌った音源をウーゴに送って、アドバイスをしてもらった。「この曲はポルタメントは少なめに、ブラジルっぽくなるからね」とか「ここの言葉を1ミリくらい長めに」とか、そして自分でその部分を歌ったお手本を添付してくれたり、とってもためになるプロセスだった。
そして、2021年2月にとうとう歌入れ。壁に向かって一人歌うのがまったく調子が出ず、1日目は散々だった。明け方に「これは人生最大の道楽なんだから」と開き直って、そのまま突入した2日目、同行者に壁の前に立ってもらって歌ってみた。すると、まるで仏像か神像に向かうように集中できて、ほぼ全曲録り終えた。この方法はオススメ!
ウーゴに録音を送ると、君の声をこんないい音で聴いたことない!エフェクト付きで送ってくれ、と今回はボスコの森崇さんの録り音がそのまま使われることに。マスタリングは「アトランティカ」の時のビクタースタジオのKOTAROさん。だからサウンドはウルグアイと日本のスタジオワークの融合でもある。
ウーゴの音楽と調和するようなパッケージにしたい、とGak Yamadaさんにアートをお願いした。Gakさんは「悟り」を目標としている求道者のアーティストで、最初から音源を一緒に聴いてくれていて、ある日、素晴らしい作品を生み出して送ってくれた。まるで宇宙空間に神聖な光が花開くような……。ウーゴから頼まれた “La Caricia” の日本語の詩もGakさんが共作してくれている。そしてリリース後は、京都のSOCOで2ヶ月間アルバムアート展を催して、「密林」をテーマにいろんな人たちに来てもらい、たくさん遊んだ。
それにしてもCDを作るのは、歌うより遥かに大変で、顔面蒼白になりながら、力になってくれる人たちのおかげで、なんとか10月の発売に間に合った。だから出来上がった我が子と対面した時の喜びと安堵ったら……。特に音質。KOTAROさんからの勧めで、Ultimate Hi Quality CDでプレスしていた。普通のCDに比べて手焼きせんべいみたいに丹精込めて焼き上げるそう。奮発しておいてあまり変わらなかったらどうしよう、とオソルオソル再生して、本当に全然違うのに驚いた。こんなに音の粒がキラキラと立ち上がるものか!と感動。
そして、このアルバムがDJの須永辰緒さんの一声で、当初の目標にしていたアナログレコードとして発売されることに。須永さんはウーゴの大ファンで、自分でかけたいと思ってくれたそうだ。アナログの音は温かくて、これぞ到達点という感じ。限定版なので、ぜひアナログお好きな方はゲットして聴いてください。アナログには8曲、とそれ以外の曲もCDには全曲収められているから、そちらもぜひ。
今の私の目標は、ウーゴとアルバナと一緒にレコ発をすること。実現の暁には観に来てください!!
(ラティーナ2022年4月)
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