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[2019.09]【連載】タンゴのうた 詩から見るタンゴの世界 第20回 君待つ間(フマンド・エスペーロ)

文●西村秀人 text by HIDETO NISHIMURA

名曲と呼ばれるタンゴの中には何十年もの間ずっと親しまれてきた曲が多いが、時には発表時に猛烈にヒットして、その後忘れ去られ、長い期間を経てひょっこりリバイバルし、今日まで親しまれるようになった曲もあったりする。

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 1922年に作られたこのタンゴ、実はアルゼンチン製ではない。作曲・作詞はスペイン人で、翌年初演される「ラ・ヌエバ・エスパーニャ」というレビューのために作られた曲だった。作曲は1885年バルセロナ生まれで、市立交響楽団で演奏する傍らレビューの学校をやっていたというフアン・ビラドマー・マサナス。スペインの名歌手ラケル・メレのレパートリーにも彼の作品は数多いという。作詞はフェリクス・ガルソ(本名はアントニ・ホセプ・ガヤ・ガルドゥス)、レコードによってはフアン・ミステリオという名も入っているが、これはフアン・ビラドマー・マサナスとよく共作していたホアン・カサス・ビラの筆名だという。

「君待つ間」スペイン版楽譜

「君待つ間」スペイン版楽譜

イグナシオ・コルシーニ「君待つ間」

イグナシオ・コルシーニ「君待つ間」

 歌詞の内容を見れば、女性が歌うために作られていて、煙草を吸いながら恋人の男性を待っている状況であることははっきりしている。またこれがタバコではなく、マリファナあるいは大麻を指すという解釈も多いが、当時のバルセロナで夜の世界の住人の間でたしなまれる程度には広がっていたという。作詞者2人が本名で発表するのを避けているのもその辺が理由だろうか。

日本で発売されたエクトル・バレーラの「君待つ間」の解説

日本で発売されたエクトル・バレーラの「君待つ間」の解説

ロシータ・キロガ「君待つ間」(アルゼンチンでの最初の録音)

ロシータ・キロガ「君待つ間」(アルゼンチンでの最初の録音)

 1917年の最初の歌のアルゼンチン・タンゴ「わが悲しみの夜」で確立された、『女性に振られた男性が未練たっぷりにかっこつけつつ女性への想いを吐露する』というパターンではない。かといって、アルゼンチン・タンゴのルーツの一つとされるスペインの演劇歌「タンゴ・アンダルース」の陽気さや日常性とも異なっている。もちろんレビュー中の曲ということで劇のストーリーに大きく左右される部分はあるが、スペインの演劇歌曲の伝統と、アルゼンチンから伝播してきた新しいタンゴ歌曲のスタイルを折衷しているようにも思える(現に1922年ムイニョ=アリッピの演劇団がスペイン公演を行い、劇中でアルゼンチン・タンゴを紹介し大評判をとっている)。

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