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[2018.03]【連載 ラ米乱反射 #143(最終回)】ラテンアメリカ走馬燈 夢か幻か、過ぎ去った半世紀

文●伊高浩昭(ジャーナリスト)

 私は1967年2月、ノガレス国境を徒歩で通過して米国からメキシコに入った。その瞬間、脳裡で地図が逆転した。頭上遠く、南の彼方にパタゴニア、マゼラン海峡、ドレーク海峡、そして南極半島があった。3200㎞の米墨国境を底辺に、メヒコ、カリーベ、中米、南米の巨大な大三角形が拡がっていた。その日、私のジャーナリスト人生が始まった。ラ米と南の世界に軸足を置く職業生活の幕が開かれた。それから実に51年が経ってしまった。夢のような歳月だった。南半球のあちこちで眺めた南十字星は、ささやかで密かな「勲章」だった。

▼第2の祖国

 8年半、取材拠点となった首都メヒコ市は私にとって第2の故郷であり、メヒコは第2の祖国である。今にしてそう思えるのだが、最初の数年は大変だった。メヒコに同化しようとすればするほど異化の力学が働いた。オルメカ、アステカ、マヤなど多くの先住民文明と民族の歴史を生き、混血を強制されたメヒコの謎は深く、探求すれば迷路が一層複雑になるばかりだった。

 制度的革命党(PRI)の封建的独裁体制は、外国メディアの記者だった私の滞在を認めながらも、私の取材を拒んだ。当時のメヒコメディアは「プレンサ・ベンディーダ(売られた新聞)」、「プレンサ・コンプラーダ(買われた新聞)」の汚名が象徴するように、PRIの宣伝機関に堕していた。ジャーナリストの地位は低く、私を含む外国メディア記者団も体よくあしらわれることが少なくなかった。

 1967年10月、メヒコ市でプレオリンピック大会が開かれたころ、チェ・ゲバラがボリビアで処刑された。その1年後、メヒコ五輪開幕直前、トラテロルコ虐殺事件が起きた。首都の三文化広場で惨劇現場を取材しながら、PRI体制の正体をようやくつかんだという確信があった。大学生や青年労働者は、体を張り命を懸けて体制変革を目指したのだった。ちょうど50年前のあの事件は、PRI体制がつまずく遠い始まりとなった。

 事件の10日後、五輪組織委員長は開会式で、「この平和な空の下で」と言ってのけた! 当時、「平和の下ではすべてが可能だ」という標語が国中にばらまかれていた。そう、「メヒコではすべてが可能」だったのだ。学生の体制変革運動は71年6月、首都北部で新たに弾圧され、またも学生たちの血が流れた。この現場にもいた私は、形振り構わず牙を剥いたPRI体制がさらなる危機に陥りつつあるのを感知した。

 PRI体制は88年の大統領選挙で事実上敗れながらも不正開票で乗り切ったが、2000年の選挙で敗北、保守・右翼野党PAN(国民行動党)に政権を譲った。PANは06年の選挙で不正を働き政権を握り続けたが、12年の選挙でPRIは大規模な腐敗選挙を繰り広げて12年ぶりに政権に復帰した。

 その間の1994年元日、メヒコは米加両国と新自由主義を広域化する北米自由貿易協定(TLCAN/NAFTA)に基づく自由貿易地域を結成、弱者を切り捨てた経済は拡大したが、21世紀のメヒコは「麻薬戦争」の巷と化した。メヒコは米国に外交の自主性も奪われ、ラ米でのメヒコの影響力はすっかり衰えてしまった。2018年7月には新たな大統領選挙があるが、不正がなければPRIがまた敗北する可能性がある。

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メヒコのグスタボ・ディアス=オルダス大統領(左)とルイス・エチェベリア次期大統領

 同じ1994年の元日、チアパス州でマヤ先住民主体のゲリラ組織「サパティスタ民族解放軍」(EZLN)が武力蜂起し、新自由主義と北米自由貿易地域結成に反旗を翻した。サパティスタは2018年の大統領選挙に候補者を立てている。

 1980年代ごろからメヒコでのジャーナリスト殺害事件が目立ってきた。プレンサと政治・社会との利害関係の衝突が激しくなったからだ。残酷だが、言論の自由と真剣な報道が増えた証左だろう。

 しかし私の「ラ米の原点」であるメヒコの本質的良さは、やや変質しつつも依然残っており、郷愁を誘うのである。ダビー・シケイロス、ルフィーノ・タマヨ、オクタビオ・パス、カルロス・フエンテス、マリオ・モレーノ・カンティンフラス、オフェリア・メディーナ、トリオ・ロスパンチョス、コンスエロ・ベラスケスらたくさんの芸術家に会い、記事を書いたのも忘れられない。

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ジミー・カーター米大統領(左)と握手するオマール・トリホス将軍

▼歴史の循環

 1969年は中米情勢に力を注いだ。ニカラグアの首都マナグアを拠点に、中米諸国を移動取材した。エル・サルバドール(ES)とオンドゥーラスの「100時間戦争」(〈サッカー戦争〉)には、サンサルバドール滞在中に遭遇、国境地帯で取材した。

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