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[2017.03]月刊ラティーナ創刊65年特別企画 小松亮太が選ぶ後世に残すべき 激レア・タンゴ音源ベスト65

月刊ラティーナが2017年3月で創刊満65年を迎えます。そこで、「65」をキーワードにバンドネオン奏者の小松亮太氏にタンゴのレア音源を65曲、選曲いただきました。

 僕はこの65曲を単なる珍しさで選んだのではない。

 タンゴの全盛期と隔絶された世代の演奏家にとって、失われた伝統を少しでも取り戻すための重要なツールである記録の数々が入手困難だったり、非公式音源としてしか存在しないことは、実際的・物理的・文化的な損失なのだ。せめてこのような機会に忘備録としてその存在を書き留めつつ、僕なりの注釈を加えて、知られざる名演や名編曲をご紹介しておきたいと思う。インターネットのお陰で珍しい音源を無料で聴けるケースも増えてきた現在だが、いかんせんタンゴはその音源のバックボーンの情報が少なすぎる。いくらYouTubeにアップロードされたところで、その音源の意味を紐解く「手がかり」がなければ、せっかくの名演や名編曲は、その価値を確かなものにできない。

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 恐らく僕はタンゴの音源入手で非常に苦しんだ最後の世代だろう。両親ともにタンゴ演奏家であるという恵まれた環境下にはいたけれど、何しろ彼らだってタンゴ・ブーム世代の人ではないから、実家にあったレコードはタンゴファンなら誰でも持っているスタンダードなものばかりだった。さらに僕がバンドネオンを手にした中学生の頃はCD時代への転換期で、「売れない音楽」のディスクの入手が、LP、CDともに最も困難な時期だった。根気よく探せば何か見つかるのではと考えて、御茶ノ水、秋葉原、銀座、高田馬場のレコード店を足を棒にして捜索したが、思わしい成果はなく、ついには国立国会図書館の音楽ライヴラリーに年齢を偽って入ったりもしたが、それすらも徒労に終わった。辛かったけれど、僕はこの体験を通して音楽への飢えと渇きを、つまりミュージシャンとしての根源的なスピリットを学んだのだ。

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 その後、隠れた宝物とも言うべきレア音源の存在を惜しげもなく教えてくれたコレクターの方々(この場をおかりして御礼申し上げたい)のお陰で、少しずつタンゴというジャンルの全体像を見渡せるようになっていったが、僕が隠れた実力者たちの隠れた名演や、あるいは名匠たちのライヴ音源の入手に拘った理由は、誰もが知っている定番の音源ばかりを信じ過ぎることで、自分の音楽的な視点が凝り固まる危険性を感じたからだ。著名人だけが名演奏を産み出すわけではないのだし、ましてや観客の居ないスタジオで演奏された、いわば「精製された売り物」である公式音源だけでは、その本質はキャッチできない。

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