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【松田美緒の航海記 ⎯ 1枚のアルバムができるまで⑥】 クレオール・ニッポン ⎯⎯ 歌の記憶を旅する ⎯⎯

撮影:Mayuko Hotta

⎯ ◼️お知らせ 松田美緒の最新作『La Selva』がLP化されます! ◼️ ⎯

『La Selva』 12inch LP is set to release on April 23.2022 for RECORD STORE DAY JAPAN


南米のレジェンド、ウーゴ・ファトルーソと海を越えて制作したアルバム『La Selva』がアナログ化決定!世界同時開催のレコードの祭典の日RECORD STORE DAYの限定盤としてリリース。 以下のリスト掲載のレコードストアもしくはアーティストのライブイベント等にて、4/23 0:00より購入可能です。
https://recordstoreday.jp/store_list/


クレオール・ニッポン(2014)
歌の記憶を旅する

文●松田美緒

 南米を奔走してアルバムを作っても、日本ではレコ発として再現のしようがなく、カーボヴェルデをウルグアイでやってクレオール人に見せてすごいねと言ってもらって喜んでるだけで、震災後の大変な時に自己満足で終わってちゃいけないと思い始めた。南米で日本の歌をその時だけとってつけたように歌うのも違うし、これぞ私の日本の故郷の歌です、と胸を張って言えるような歌がないだろうか。そんな2011年末、25年ぶりに訪れた秋田の生まれ故郷の資料室で、古い音源が収められたカセットテープの中に長崎県伊王島のキリシタンの歌「花摘み歌」を見つけた。日本の多様なる土壌でひっそりと咲いている歌の花たちとの出会いだった。いったいどうしてこんな歌が生まれたんだろう、長崎が心のふるさとで、子供の頃からキリシタンに興味があった私は、大人になってからの謎解きにどんどん没入していった。それからというもの、秋田に行くごとに資料室にこもって40年前のカセットテープを聴いて、資料を読み漁り、心惹かれる歌や詩を探し、それを歌っていた人やその家族、歌が育まれた土地に通うようになった。その旅が3年がけのCDブック「クレオール・ニッポン」になる。

青山のCAYでの「にほんのうた」のフライヤー

 ある時、よく遊びに行っていた北九州の助産院でピアニストの鶴来正基さんと再会し、そこのピアノでセッションしてから、一緒にこうした歌をレパートリーに音楽作りをすることになった。助産院で再会というのが気さくでよかったのかもしれない。それから青山のCAYで「にほんのうた」というライヴシリーズを始めた。最初のメンバーはベースの沢田譲治さん、それから渡辺亮さんが参加してくれて、歌のイラストも描いてくれた。
 渡辺亮さんとの縁も面白かった。亮さんが妖怪画家になったきっかけは子供の頃小泉八雲=ラフカディオ・ハーンの怪談との出会いだったそうで、私の方もラフカディオ・ハーンのエッセイが大好きで、特に彼がギリシャで生まれアイルランドで育ち、ニューヨークやニューオリンズからマルティニークを経た後に、明治の日本を見つめている、その視点にとても深い感動を受けてきた。だって、クレオールの風土から日本を見てるのだから。「夏の日の夢」は涙なくしては読めない。だって、浦島太郎の伝説を語りながら、有明海の向こうにはるかエーゲ海やカリブ海を幻視するのよ、明治の日本で! 誰とも語り合えない記憶と郷愁を一人抱えて……わかる、ラフカディオ、私にはあなたの心がわかる、と勝手に思い、松江に行く時に小泉八雲記念館館長(当時)の小泉凡さんにラブレターを書いて、それから凡さんご夫妻と親交が始まって、松江でも公演することができた。亮さんも凡さんと最近本を出したばかり(これにはジェラシー!)。おっと、脱線したけれど、こうした歌は録音しただけでは伝わらない深いストーリーがあるので、音楽と文章と亮さんのイラストを一緒に本にしたいと思ったのが、CDブックのアイデアの始まりだ。それぞれの歌の詳細は本に書いているので、ぜひ読んでいただけたら。

松江でのコンサート。ゲスト:小泉凡

 CAYのライブシリーズが始まってからも、南米諸国やカーボヴェルデへ旅をして、あんまり楽しいものだから、何度となく日本のうたを諦めかけた。しかもアフロ・ペルー音楽とペルー料理が好きすぎて、ペルーに移民しようと本気で思った。でも、サンパウロでブラジル日系移民の歌「移民節」を見つけ、これぞ私が掘り起こすべき歌!と情熱に火がついて、移民する前に日本で生まれた落とし前をつけておこう、と日本のうたの完成を決意した。ペルー移住の予定から、もう10年経ってしまったけれど。

「ホレホレ節」の歌詞
ハワイのプランテーション

 音作りは、これまでの行き当たりばったりの録音の反省を踏まえ、スタジオに行って一発録音で満足いけるものができるように、2年間トリオでツアーをしながら音を育てた。みんなでツアーの行き帰りに歌の土地に行ったことも。だからそれぞれの歌は、その土地や人の印象やグルーヴでできている。「移民節」は、鶴来さんにソロのところで移民の一生を描いてください、とお願いした。「木びき唄」は木をひく時のリズムを祖谷で教えてもらって、亮さんがビリンバウでやってくれた。「木負い節」は都落ちの姫君の伝説を持つ人たちのロマンティックな情感を表現したかった。「トコハイ節」は古代からファンキーな行橋の海の民のイメージ、早坂紗知さんがかっこいいサックスで参加してくれた。「アンゼラスの歌」にはバイーアで教えてもらった聖母マリアの歌を、「原釜大漁歌い込み」にはドリヴァル・カイミの漁師の歌を挿入している。混ざり合ったキリスト教の歌にも、漁師の暮らしの歌も、根底には祈りを湛え、通じ合っていると思うから。ハワイで、日系人の働いた砂糖プランテーションのミュージアムなどへ行って「ホレホレ節」の背景を知る旅もした。そこで世界中に広がっていた近代の砂糖プランテーションの網の中に日系移民もいて、サトウキビ畑はたくさんのルーツの労働者が混じり合うまさにクレオールな場所だったと体感した。ある時は、長崎のコンサートに来てくれたハワイの日系人部隊442部隊の生き残りのおじいさんが、442部隊についての涙なくしては読めない英語の漫画本をくれて、「ハワイの歌を歌ってくれてありがとう」と言ってくれたこともあった。伊王島の「こびとの歌」は、謎解きのような旅の末、明治の頃のカトリックの子供劇の歌だとわかって、それを教えてくれた当時100歳、99歳、96歳のおばあちゃんももうおられない。こんなふうに歌と歌がつながっては、歴史の生き証人のような人たちとの多くの出会いに恵まれた。ミクロネシアの女性が作った「レモングラス」とそれが変化した小笠原父島の「レモン林」も人の移動と出会いと別れから生まれている。小笠原には、江戸時代に島に来たカーボヴェルデ出身の捕鯨漁師の子孫もいて、まさにクレオール。だから「レモングラス」では、カーボヴェルデで熱に浮かされて書いた恋の詩を読んだ。
 各地に心強い協力者が増え、歌探しの模様を映像撮影してくれる友人もできて、旅が少しずつ華やいでいった。小笠原父島にもフランス人の美女アデイトと撮影の旅に出かけ、表紙の写真は、祖谷で、吉野川特有の緑色の石の上でアデイトが撮ってくれたもの。

「レモングラス」

左から沢田譲治、鶴来正基、渡辺亮、松田美緒、宮田茂樹
左から宮田茂樹、鶴来正基、松田美緒、渡辺亮

 そして2014年3月、とうとう録音の日、宮田茂樹さんがスタジオに同席してくれ、二日間で録りきれた。その録音を聴きながら、各地の膨大な資料と記憶を整理して書いては消して、原稿が仕上がったのは5か月後。アルテスの鈴木さん、木村さんと話し合いながら、素敵なデザインができていって、ついに本になった時の喜びったら。
 リリースの後、読売テレビでドキュメンタリーが2本作られることになり、2017年のブラジルの撮影旅では、移民の歌を作った人たちの家族にも会い、その後の話も尽きることがない。驚くのは、詩を見たり歌を聴いたりして、その作者に抱いていた印象が、家族に会って話を聴いて、いつも全くその通りだということだ。表現には人柄が溢れる。だから歌は嘘をつくことがない。

クレオール・ニッポン展

 世田谷の生活工房ではまさかの「クレオール・ニッポン展」を開催していただき、この歌探しがたくさんの人の心に届いて本当に嬉しかった。この作品の後、曲目を見て民謡歌手と思われることもあるけれど、歌は普遍的なものだから、ジャンルを超えて聴いていただけてこれほど嬉しいことはない。今は人に会うことも憚れるご時世で、こんな旅はできないだろうから、本当に最後のチャンスだったのかもと思う。

(ラティーナ2022年4月)

伊王島の歌探し
伊王島の本村トラさん
祖谷の平石安雄さん(左)


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