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[2021.11]【追悼】 ブラジルの人気女性歌手、マリリア・メンドンサ(Marilia Mendonça)〜突然の事故死

文●成田久美子(Kumikinha)

 日本時間で11/6の朝、SNSを開くとタイムラインは女性の写真と「LUTO」(喪を意味する)や哀悼の言葉、そして黒い画面で埋めつくされていた。その写真がブラジルの人気歌手マリリア・メンドンサ(Marilia Mendonça)だと気づくのに数秒かかった。

 ブラジル時間で11/5の夜、ライヴのためゴイアニアからミナスジェライスに向かう小型機の墜落事故によりマリリア・メンドンサ(26歳)は逝去した。彼女の叔父、プロデューサーも同乗しており、パイロット2名を含め搭乗者5名が全員死亡。事故の原因は高圧線に接触したなどの憶測が飛び交っているが、11/6現在、検証中で詳細は明らかにはされていない。

 葬儀は彼女の故郷であるゴイアニアのゴアイアニア・アリーナで、ブラジル時間11/6の13時から執り行われた。マライア&マライザ(Maraia & Maraisa)、エンリケ&ジュリアーノ(Henrique & Juliano)、ジョアン・ネト&フレデリコ(João Neto & Frederico)ら、同じセルタネージョ界で活躍中の歌手や、ルイーザ・ソンザ(Luisa Sonza)など彼女を慕っていた若手ミュージシャン達も次々と駆けつけ、彼女の突然の死を悲しんだ。
 そして、ファンをはじめとした一般人10万人以上の人々が列をなし、その模様はブラジルのテレビでも放映された。

 マリリアは2019年にラテン・グラミー賞のセルタネージャ部門で『Todos Os Cantos』が最優秀アルバム賞を受賞、インスタのフォロワーは4000万人近い。この人気絶頂とも言える歌手の突然の訃報に、彼女の仕事仲間やブラジルミュージシャンたちを含め、著名人、ネイマールや、ボルソナロ大統領までもが哀悼の言葉を発信した。そしてこの国民的人気歌手の訃報は日本を含め世界中のニュースで取り上げられた。

 彼女はギターを持ってこの小型機に向かうところや機内で食事をしている姿をSNSでアップ。事故直前の動画だったということもあり、後に多くのブラジル人がこの動画をシェアしたり閲覧。現在も再生回数は増え続けている。

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 ブラジルで今1番人気の音楽ジャンルはセルタネージャ、セルタネージョ・ウニベゥスィターリオ(Sertanejo Universitário)とも呼ばれる、いわゆるポップなブラジルのカントリーミュージックだ。このジャンルは昨今まで男性デュオがほとんどで、女性歌手はあまり活躍していなかった。

 マリリアは作曲家として活動を開始し、セルタネージョ・ウニベゥスィターリオの男性歌手に曲を提供し始めた。2014年に歌手として活動を開始、2016年にシングル「Infiel」(インフィエゥ)がヒット。その後も「Eu Sei de Cor」(エウ セイ ジ コー)などのヒットが続き国民的スター歌手に上りつめた。

 マリリアの曲は悲しい内容の歌が多い。恋愛パートナーによる放置、裏切り(浮気)、などだ。さて、なぜにそのような曲がここまでヒットしたのか? 彼女の作る曲は自身の体験によるものが多い。そのツラい体験を吐露し、乗り越える強さを歌にしてきた。同じく恋愛で苦しむブラジル人女性から強い共感を得たこと、彼女のチャーミングさや人柄、そして何より彼女の力強い歌声と圧倒な歌唱力でこのように大ヒットしたと推測できる。

 「Eu Sei de Cor」は、恋愛パートナーが自分を大事にしない不満を相手に伝えても、その場しのぎの言い訳をして繰り返すパターンに嫌気をさし「釈明する時はもう過ぎてる 振り返ったとき、私はもういないよ」という歌詞で最後を締めている。(この歌を彼女がshowで歌うときに実際振り返るパフォーマンスを見せたりする)
 この曲いいよね、とブラジル人女性に話すと「私はInfielの方が好き。」という言葉が何人から返ってきたことがある。ちなみにInfielは「不貞」という意味だ。

 彼女がライヴのため移動中事故にあったと冒頭で書いたが、現在「Patroas 35%」というプロジェクトの真っ最中だった。友人でもあるセルタネージョ・ウニベゥスィターリオの女性デュオ、マイアラ&マライーザ(Maiara & Maraisa)と一緒に同タイトルのアルバムを10月に発表したばかり。来年には、アルバムタイトルと同名のツアーも予定されていた。

 このアルバムは、3人の10年間の友情、それぞれの仕事や、個人的な浮き沈みを含めた人生のストーリー、また女性のエンパワーメントやジェンダー問題をテーマにしている。3人でさまざまな職業を代表し、パイロットの制服を着るなどのビデオ撮影、その撮影チームも脚本と監督、制作は女性が担当した。また、女性同士妬んだりせず、手を取り合い、女性の権利のために団結し、女性の強さを示しましょう、というメッセージを伝えている。マリリア自身、もうすぐ2才になる息子の母親でもあり、働く女性でもあった。

 先に到着しライヴの準備をしていた彼女のバンドは、2015年に交通事故で亡くなった同じくセルタネージョ歌手のクリスティアーノ・アラウージョ(Cristiano Araújo)のバンドだった。クリスティアーノが亡くなった後、仕事が無くなった彼らをマリリアはバンドメンバーとして雇い、彼らと多くのステージを作り上げていた。バンドメンバー達が葬儀に駆け付け、悲しみにくれている姿は、多くの人たちの涙を誘った。


 さてここからは個人的な感想になる。冒頭で、SNSで写真を見ても瞬時に誰だかわからず、気づくのに数秒かかったと書いた。3年前にサンパウロで彼女のshowを見ているのだが、その時のぽっちゃりとして、ほんの少しあどけない女の子のイメージがあり、また最近はラジオでブラジル音楽を聴いていることが多くここ数年は彼女の姿を見ていなかった。なので、痩せた上にばっちり化粧をし、すっかり大人の女性の顔になっていたので気付くのに遅れたのだ。その後インスタを見たらジムでトレーニングしたり、ミナスの美味しい食べ物やカシャッサを紹介のあと、事故前の機内でヘルシーな食事を悲し気な顔で食べている動画を「これが現実」と書いてアップしていた。人気になっても飾らずナチュラルな彼女がとてもチャーミングだと感じた。

 もう彼女の歌声が生で聴けないと思うと悲しくて仕方がないが、彼女の生き方や女性エンパワーメントのメッセージはこれからも引き継がれていくことと信じる。

 DESCANSE EM PAZ(安からにお眠りください) いや、天国でもきっと力強く歌ってるかな。


成田久美子(Kumikinha)●プロフィール
ブラジル最新ポップス歌手。
Banda Caquiのボーカルとして歌う一方、現在はブラジルの音楽プロデューサーと新プロジェクトを開始しレコーディング。ブラジルサンバパゴーヂ界で活躍中の作曲家やミュージシャンも参加したオリジナル曲「Tô Livre」をSpotify、Apple Music、YouTubeでデジタル配信中。





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