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[2016.05]新しい世界の作曲家 - フォークロア、プリミティブ、うた、器楽、革新 - | 総論

文●成田佳洋
text by Yoshihiro Narita

 世界各地のフォークロアに根ざしつつ、ジャズ、クラシカル、ロックなど多彩な要素を取り込む新しいコンポーザー、器楽系ミュージシャンの活躍が近年目ざましい。

 例えば本誌でも近年取り上げられる機会が増えている音楽家たち——アルゼンチンのカルロス・アギーレ、ブラジルのアントニオ・ロウレイロ、あるいはアルメニア出身のティグラン・ハマシアン等々——の日本での人気と広まりはどうだろう。女性向けカルチャー誌がカルロス・アギーレの取材のためアルゼンチンのパラナに赴き、数ページの記事を掲載したり、アントニオ・ロウレイロの音楽が日本のジャズ界隈や一部のロック・ミュージシャンたちからも注目を集め、くるり主催の野外フェスに出演して一万人のオーディエンスを沸かせるなどという事態を、数年前に予想できたものはおそらくいなかったのではないか。この広まり方を眺めていて気づくのは、その国やジャンルの音楽にさほど触れてこなかった、新しい領域のリスナーを彼らが獲得していることだ。かくいう自分もティグランの音楽を知るつい数年前まで、アルメニア音楽について殊更意識することはなかったし、もしアギーレの音楽と出会わなかったとすれば、アルゼンチン音楽との付き合い方ももっと限定的なものに留まっていたにちがいない。彼らの音楽から聴き取れる、なにか新鮮な響きを求める声の高まりは、周辺の新たな才能を次々と発見する動きにもつながっている。そんな関連アーティストたちもまた作曲家であることが多く、作編曲、演奏を自身でこなすのはもとより、いくつもの楽器を演奏するマルチ奏者であることも珍しくない。

 マルチ奏者といえば、先のロウレイロやアレシャンドリ・アンドレスなど、近年のミナスにはなぜかそうした才を持つ音楽家が多い。現代ミナスの中心的な作編曲家であり、やはりマルチ奏者でもあるハファエル・マルチニに、その不思議について意見を聞いたことがある。みんなが僕にその質問をするよ、という前置きに続いて語られた彼の推論は、それぞれがまずはコンポーザーであり、そのうえで多様なサウンドの具現化を求める音楽家だからではないか、というものだった。この会話は残念ながらそこで中断してしまい、以降も同じ疑問を抱き続けることになってしまったのだけれど、マルチな才能のコンポーザーたちの活動はその後も広がり続けて、ミナスという地域や国、ジャンルを超えた横のつながりを持ち、互いに影響を与えつつ進化を続けている。それはミナスに限らず、この特集で取り上げた音楽家の多くにも当てはまるだろう。

 これらの音楽のどこが新しいのか、という点について明言するのは簡単ではなく、その個性も当然一人ひとり異なっているのが実情だが、逆説すればそもそも彼らは既存の枠組みで捉えきれないから新鮮なのであって、通常語られることの多い出身地やジャンルの側からの説明だけでなく、さまざまな土地で同時に湧き上がってきた現象として、俯瞰的に捉えることを試みたのがこの特集である。

 インタビューやアンケートで取り上げたアーティスト、またはディスクレビューに選んだ作品については、編集部とともにリストアップした。前提となる選考基準が明確にあったわけではないが、多くの場合に次のような共通した特徴が挙げられると思う。①フォークロア的要素と、クラシック、ジャズ、ロックなどさまざまな要素がミックスされていること。②作曲行為と、即興を含む演奏行為が分かちがたく結びついていること。③器楽/歌の区分や制約から自由な作風をもつこと。結果としてそれらの音楽は「新しいフォークロア」として、すでにさまざまに発展、影響を与え合い、いまや伝承の一部とさえなりつつあるように思う。「ポスト・クラシック/インディー・クラシカル」「チェンバー・ポップ」「現代ジャズ」「クワイエット」など、従来のワールドミュージック的視点の外にある文脈で説明される音楽も多く、どこまでがフォークロア的であり、そうでないのかという境界は、日々拡張し溶解し続けている。

 最後になるが、取り上げた作曲家はブラジルやアルゼンチンの比重が高くなり、その他の地域をあまり紹介できなかったのは筆者の力不足によるところが大きい。北中米やヨーロッパ各地、中東からも挙げていくことができるはずだが、その続きは次号以降の本誌に期待したい。とはいえ高橋健太郎、吉本秀純、山本勇樹各氏によるコラムが、ここに欠けている名前や視点をもたらしてくれるはずだ。また今号は、本誌2015年9月号の特集<日本の新しい室内楽>とも大いに関連する内容になったと思う。わたしたちの身近に存在する一部の日本の音楽家の動向も、その潮流と密接に関わっている。

(月刊ラティーナ2016年5月号掲載)

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