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[2019.08]映画『ジョアン・ジルベルトを探して』

文●圷 滋夫 text by SHIGEO AKUTSU

 7月7日、七夕の日の午前中に、ジョアン・ジルベルトが亡くなったことを知った。その数日前、娘のベベウが4年前に投稿したインスタグラムの2ショット写真を目にした時は、元気そうではあるが驚くほどやせ細ったジョアンの姿に動揺していた。そんなこともあり、なんとなくどこかで覚悟はしていたはずなのに、実際にそうなってしまうと、なんとも言葉では言い表す事の出来ない感情で胸が一杯になった。そして数日後、YouTubeに上がっていた葬儀の模様を映した短い映像を見て、棺の中のジョアンのおでこに口付けるベベウの姿に、とめどなく涙が溢れた。

 ジョアンにまつわる沢山の曲は、世界中で歌い継がれて永遠に残っていくのは間違いないだろう。しかしジョアン自身が爪弾くギターと彼の声が絶妙に混じり合うことで創られるあの音楽は、シンプルでありながらミクロコスモスとも言うべき広がりがあり、絶対的なオリジナリティを持った唯一無二のアートだ。演奏者としてのジョアンは、この先、誰がどんなに時間をかけても解き明かすことが難しい大きな謎であり、ただ単に歌い継ぐことなど到底出来ない、それほど大きな〝ジョアン・ジルベルト〟という音宇宙なのだ。

 インタビュー嫌いのジョアンは、自らについては決して語らなかったので、その音楽の謎だけでなく私生活についても様々なエピソードが面白おかしく語られ、噂や憶測が一人歩きしている。しかし本作を観ればそんな彼の人となりについて、ほんの一端ではあるが知ることが出来るだろう。本作はドイツ人ジャーナリストのマーク・フィッシャーが、ジョアンに会うためにリオ・デ・ジャネイロを訪れた旅の顛末を記した一冊の本『Hobalala: Á Procura de João Gilberto』を基に、映画の中に自らも登場するジョルジュ・ガショ監督が、その足跡を辿るドキュメンタリー作品だ。

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