見出し画像

[2003.11]オルケスタ・デ・ラ・ルス、N.Y.公演レポート 〜第2の故郷で凱旋公演を実現した名門オルケスタの動向とニューヨーク・ラテン事情〜

文●福家成子 texto por SHIGEKO FUKE
写真●ミゲル・カルドナ fotos por MIGUEL CARDONA

 コンピュータのキーボートを打つ手がふと止まる。開け放した窓からサルサがわたしのオフィスへと流れ込んでくる。通りを走りすぎる車のカーステレオから聞こえてくるのだ。「夏が近づいて来ている」と私の心は弾む。私にとってのニューヨークの夏は、サルサで始まりサルサで終わる。そして今年、2003年の夏のフィナーレを感動的に飾ってくれたのが、オルケスタ・デ・ラ・ルスのニューヨーク公演だった。9月5日のワシントン公演を皮切りにデ・ラ・ルスは8年振りにアメリカにカムバックした。ニューヨークでの公演はその翌日、ニューヨーク最大のクラブとして長年に渡って君臨し、昨年新装されたばかりのコパカバーナで行われた。

デ・ラ・ルスが解散したのは1995年、その前の年に私は2度目のニューヨーク生活を始めた。スーツケースひとつで東京を出てニューヨークに到着した私は、灯りもない伽藍としたアパートの床に座り、窓の向こうに燦々と輝くワールドトレードセンターを呆然と眺めていた。クラシック音楽しか聞かなくなっていた私だったが、日本からたった1枚だけサザン・オールスターズのCDを持参していた。心身共に困難な時期に滞在していた茅ヶ崎の海が懐かしくなったときに聴くのが常で、ある日、ガス会社のサービスマンがアパートに修理にやってきたとき、私はそのCDをかけていた。そのサービスマンが「こういう音楽が好きなら、ラテンのクラブに行くといいよ」と帰り際にその店の名前と住所をくれた。それがサルサとの出会いとなった。


 そのラテン・クラブ、レ・プレは私が住んでいたウエスト・ビレッジから歩いて5分ほどの所に当時あった。体育館のように広く高い天井のロフトにステージとダンスフロアがあり、薄暗い空間に床を振動させるほどに強烈な音量が炸裂していた。その音は身を引きちぎるようにトランペットやティンバレスを演奏するミュージシャンたちから発せられていて、ボーカルの男性がステップを踏みながら張りのある高声を響かせていた。私の全身に音が投げつけられ、それが身体の奥へとがんがん浸透していくのだ。その衝撃で私は身動きができなくなった。そのライヴが終わった後、私の胸の内に溜まっていた澱は消え、今までに味わったことがない清涼感が沸々と湧いてくるのを感じた。

「ラテンの文化は他人の物ではないような気がするんですよ。サルサを聴くと元気になれる。エネルギーを与えてくれるし、前向きに物事を考えられる。私にとってのサルサは生きるのに必要なもの。いくら悲しくても辛くても、それを乗り越えてという歌詞がよくサルサの曲にはあるんですけど、私もそういう風に生きたいから、心を込めて歌えるんです」
コパで初めて会ったノラの口から漏れたそんな言葉に、私のなかに確固として存在するサルサへの同質の思いを確認した。

 1994年サルサに恋に落ちて以来、私はずっとサルサと寄り添いながらニューヨークで生きていきた。デ・ラ・ルスの名前が耳に入ってくるようになったのは、ニューヨークのラテン・クラブに通い始めてからだ。恋は盲目とはまさにこのとでサルサを聴きにコパカバーナ、ラテン・クォーター、S.O.B's、エル・フラミンゴとあちこちのクラブに毎日のように足を運んだ。当時、そこに集まっていた人のほぼ全員がラテン系の人たちで誰もがスペイン語を話していた。数少ない異邦人として目立った私だったが、必ず何人かの人たちが私に「日本人か?」「ノラ?」「デ・ラ・ルス」といって話しかけてきた。日本人のサルサ・バンドとしてのデ・ラ・ルスの存在は知っていたが、どんな活動をしているのか私の頭の中には何も情報がなかった。私はニューヨークに住むラテン系の人たちからデ・ラ・ルスについて教えられ、デ・ラ・ルスのおかげでラテンのコミュニティーへ旅をするパスポートを手に入れることが出来た。

 今回、初めてデ・ラ・ルスのライヴを聴く機会が訪れ、彼らの功績に対する個人的な感謝と誇りを表すことができることになり、私は高揚した気分でパートナーのミゲル・カルドナとコパカバーナに向かった。私が住んでいるブロンクスから乗り込んだタクシーの運転手はドミニカ人で、彼ご自慢のボレロのCDコレクションからヒルベルト・サンタロサを聴かせてくれた。何百回こうしてブロンクスからコパに向かったことか、ハドソン川沿いの高速を走る車の中から見る川の表情は月の光にら照らされ水銀のように輝いていた。

スクリーンショット 2020-10-20 11.28.01

この続きをみるには

この続き: 5,004文字 / 画像3枚
この記事が含まれているマガジンを購読する
このマガジンを購読すると、世界の音楽情報誌「ラティーナ」が新たに発信する特集記事や連載記事に全てアクセスできます。「ラティーナ」の過去のアーカイブにもアクセス可能です。現在、2017年から2020年までの3.5年分のアーカイブのアップが完了しています。

「みんな違って、みんないい!」広い世界の多様な音楽を紹介してきた世界の音楽情報誌「ラティーナ」がweb版に生まれ変わります。 あなたの生活…

「スキ」、ありがとうございます! Obrigada!
1
広い世界の多様な音楽を紹介してきた世界の音楽情報誌「ラティーナ」がweb版に。 あなたの生活を世界中の多様な音楽で彩るために情報を発信します。 月額900円のデジタル定期購読で、新規記事も、過去のアーカイブも読み放題! (※2017年以降の主要記事がアップ済。順次追加)

こちらでもピックアップされています

世界の音楽情報誌「ラティーナ」
世界の音楽情報誌「ラティーナ」
  • ¥900 / 月

「みんな違って、みんないい!」広い世界の多様な音楽を紹介してきた世界の音楽情報誌「ラティーナ」がweb版に生まれ変わります。 あなたの生活を世界中の多様な音楽で彩るために、これからはこちらから情報を発信していきます。 毎月の特集や、強力な面々による連載に期待してください。世界のニュースや音楽情報、新譜リリース情報、イベント情報などは、日々更新していきます。購読者に向けて、様々なプレイリストも共有予定です。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。