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[2017.11]【連載 それでもセーヌは流れる 106】没後20年 バルバラ大回顧展を前にして

文●向風三郎

 稀代の女性シャンソン歌手バルバラ(1930-1997)が67歳で亡くなってから今年で20年になる。本連載の最初の記事が没後10年のバルバラのことを書いていて、早いものであれから10年も経ったのだなあ、と感慨に耽ったり。2017年、バルバラ20周忌記念のイベント、トリビュート盤、トリビュート・コンサートが目白押しであるが、最も重要なものは10月13日から翌年1月28日までフィラルモニー・ド・パリ(国立音楽博物館=旧シテ・ド・ラ・ミュージック)で開催されるバルバラ大回顧展であろう。

トリビュートものではこの数年、ダフネ、マリー=ポール・ベル、パトリック・ブリュエルなど多くのアーティストがバルバラ楽曲アルバムを出してそのショーを打っていたが、20年間バルバラのアコーディオン奏者だったロラン・ロマネリが歌手アンヌ・ソーと組んだ伝記スペクタクルもあった。私はすべてを見聞きしたわけではないが、「あやかり」「便乗」といった厳しいプレス評が多い。特に90年代の大スター歌手パトリック・ブリュエルのバルバラカバーのアルバム〝TRES SOUVENT, JE PENSE A VOUS〟(2015年暮派手なテレビキャンペーンを打って発売され15万枚を売ったが、ブリュエルにしては小ヒットに終わっている)に関しては、バルバラを知らぬ世代であるブリュエルの熱烈ファン層にのみ受け入れられ、バルバラのリスナーたちからは酷評されている。

 そんな中で意外とも言える予期せぬ絶賛を浴びたのが、2017年2月に発売された男優ジェラール・ドパルデューによる『ドパルデュー、バルバラを歌う』であった。映画と演劇において一時は国民的大俳優にまで上り詰めたが、近年は醜聞が続き、今は世間に忌まわれながら隠遁する偏屈な老俳優のような態のドパルデューだが、80年代にはバルバラと非常に親密な関係にあり、86年1月から1年間フランス全国を公演して回ったバルバラの音楽劇「リリー・パシオン」の共演者であった。当時バルバラは56歳、ドパルデューは18歳年下の38歳だった。

 「リリー・パシオン」は難産な音楽劇だった。脚本家リュック・プラモンドン、編曲家ウィリアム・シェレール、ピアニストのジェラール・ダゲール、アコーディオン奏者ロラン・ロマネリ、そしてドパルデューとバルバラが82年から準備していたが、意見の喰い違いが絶えず、プロジェクトは何度も座礁し、編曲のシェレールが脱落し、さらに20年来の伴奏アコ奏者ロマネリがバルバラと決別している。それは主にドパルデューとの衝突が原因と言われている。

 それは女歌手(バルバラ)と殺人鬼(ドパルデュー)の二人芝居で構成される。女歌手の行く興行地の先々でコンサートの夜に決まって殺人事件が起こる。殺し屋が恋慕する女歌手を誘き出す手段であるかのように。女歌手はその狂った恋をやめさせるために、最後には二人が刺し違えて絶える。神話的心中物語であるが、私を含めて当時観た者たちはそれがどんな寓意があったのかよく理解できなかったと思う。「リリー・パシオン」は予定通り1年間のツアーを続けたが、客入りが必ずしも芳しくなかったのはこの難解さによるものと思われる。また、後年自伝で明らかにされ、バルバラの歌世界に濃い影を投じていたと理解されるようになる父親による近親相姦体験も、この当時は誰も知らない。共演したドパルデューですら、「リリー・パシオン」のドラマをこの文脈で理解するのはずっと後のことだった、と告白している。おそらくバルバラ後期の代表作となるべく意気込んで制作されたであろう「リリー・パシオン」は結果としてある種「呪われた作品」になってしまった。当事者の一人ドパルデューはこのことについて30年間沈黙していたのだ。

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フィラルモニー・ド・パリのバルバラ大回顧展ポスター
(写真:ジュスト・ジャカン)

 アルバム『ドパルデュー、バルバラを歌う』は、1973年からバルバラが住処としていたプレシー・シュル・マルヌのバルバラ邸のサロンで録音され、バルバラが使っていたピアノを再調整/調弦して、バルバラのピアニストだったジェラール・ダゲールの伴奏と編曲によって制作された。過去にレコードを出したことはあるが、ドパルデューは「歌える男優」ではない。誰もその歌唱力など期待していない。しかしバルバラの居場所でバルバラの楽器を使ってバルバラのピアニストと録音した、バルバラと深い関係のあったろう男優の歌声である。歌う/語るの境を超えた、かつての名俳優がその匠のディクションを駆使してバルバラの詞言葉を深い音声で一つ一つ置き残していく。「小さなカンタータ」、「ナント」、「黒いワシ」、「サン・タマンの森」など代表曲で選ばれた13曲のレパートリーのうち、冒頭は音楽劇「リリー・パシオン」の最後の愛の歌「ミモザの島」(ディーヴァと殺し屋が差し違えて自刃した後で、二人で住もうと夢見る島)だった。エモーションが最初から頂点にある稀なアルバムであり、そのテンションは終曲のジェラール・ダゲールのピアノインスト「プレシー前奏曲」まで落ちることがない。バルバラ評伝の著作もあるテレラマ誌ジャーナリスト、ヴァレリー・ルウー他多くの専門家たちが絶賛し、2月のパリ、ビュッフ・デュ・ノール劇場での連続コンサートは連夜ソールドアウト、11月にシルク・ディヴェール座で6夜の追加公演が決まった。2月は見逃したが今度は見逃せない。

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ドパルデューのインタヴューの載ったテレラマ誌表紙
(写真は音楽劇「リリー・パシオン」の未発表ポスター)

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ジャック・ブレルの初監督映画『フランツ』(1971年)のポスター

 6月にもう1枚素晴らしいトリビュート盤。エチエンヌ・ダオ、バシュング、テテなどの名盤を制作した女性プロデューサー、エディット・ファンブエナが、13人の女性アーチスト(ジャンヌ・シェラル、ノルウェン・ルノワ、オリヴィア・ルイーズ、ダニ、アンジェリック・キジョー、メロディー・ガルドー…)を集めて録音した名実共にフェミニンなアルバム『Elles & Barbara(女たちとバルバラ)』。女性性(フェミニテ)という要素がどれほどバルバラにとって重要なものかはいくら強調しても過ぎることはないが、その最上位に来るものが「誘惑性」であることは私たちが後年になって知り始めていることである。バルバラは誘惑する女であった。この女性性をこのアルバムの13人の女性たちはそれぞれの持てる女性性をフルに持ち出してバルバラ楽曲に挑んでいる。女優ヴィルジニー・ルドワイヤン、新人歌手ジュリエット・アルマネ、米人ジャズ歌手メロディー・ガルドーのパフォーマンスは特記に値するほど迫真の「女性うた」である。

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