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[2019.04]映画の中の新しい音楽

文●圷 滋夫 text by SHIGEO AKUTSU

 今年のアカデミー賞作品賞受賞作『グリーンブック』。まだ黒人差別が合法だった1962年のアメリカ南部を、実在の黒人ピアニストのドン・シャーリーと、彼に傭われた白人運転手トニー・バレロンガがドサ廻りをする。社会派なテーマを娯楽映画に昇華し、ウェルメイドな感動作に仕上げたのは、なんとあのお下劣ギャグ満載の『メリーに首ったけ』や『愛しのローズマリー』などのピーター・ファレリー監督だが、弱者に対する温かな視線は何ら変わる事はない。

グリーンブック■訂正版メイン

『グリーンブック』

 ドンは教養豊かで振る舞いも上品だが真面目過ぎて融通の利かない堅物で、トニーはガサツで無教養だが情に厚く人間味に溢れる。そしてドンが抱える孤独と、イタリア系で親族の繋がりが濃密なトニーの家庭が対比される。最初は主従関係だけで価値観の全く違う二人が、人種差別など様々なトラブルを乗り越えながら変化して行く姿を、極上のユーモアと気高い勇気を交えて描いた心揺さぶる傑作だ。

 全編にドンのユニークな音楽が散りばめられ、まずピアノとベースにチェロというトリオが珍しい。ドンは実際にこの編成で録音も残したが、本作では音楽を担当したクリス・バワーズが再録した音を使用している。バワーズはロバート・グラスパー以降の現代ジャズにおける最重要ピアニストの一人で、ホセ・ジェイムズのバックで来日もしている。ジャズの歴史にも精通しクラシックも弾きこなす彼だからこそ、この編成のトリオでドンの出自であるクラシックとジャズ的な要素の他、懐かしさと新しさ、喜びと悲しみなど、様々な二項対立をバランスよく融合し、そこに二人の姿を重ねて表現する事が出来たのだ。

 車での移動と警察官の職質、異文化交流、食べ物ネタ、そして事実を基にした物語という、『グリーンブック』と多くの共通点があるのがクリント・イーストウッドの監督主演作『運び屋』で、今世紀のイーストウッド監督作品としては『ミスティック・リバー』『グラン・トリノ』と並ぶ最上級の傑作だ。

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