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[2020.02]9人の翻訳家 囚われたベストセラー

文●圷 滋夫 text by SHIGEO AKUTSU

 世界的な大ベストセラーが約束された人気ミステリー小説のシリーズ完結編『デダリュス』。物語はこの新刊本の世界同時発売に向け、他の言語へ翻訳するために集められた9人の翻訳者を描写する場面から始まる。彼らは依頼者の出版社社長アングストロームによって、情報漏洩による著作権侵害を未然に防ぐために、外界との接触を完全に絶たれた洋館の地下に軟禁され、厳しい監視下で一定期間内に各言語へ翻訳しなければならなかった。

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 しかし3週間が経ちクリスマスの楽しい夜が過ぎて日付が変わった瞬間、アングストロームに「冒頭10ページを流出させた。残りと引き換えに500万ユーロを払え」という脅迫メールが届く。アングストロームは内部犯行を確信して高圧的な態度で調査を開始し、恐怖を感じた9人の間に疑心暗鬼が広がってゆく…。

 本作は「ダ・ヴィンチ・コード」シリーズの第4作「インフェルノ」を出版する際に、12人の翻訳者を1つの場所に隔離して作業を進めたという事実に着想を得ている。レジス・ロワンサル監督(「タイピスト!」)はそんな奇想天外な設定を借りながら、物語の縦軸としてデータの流出と脅迫といういかにも現代的な犯罪を独創的に駆動させ、誰もが心地よく騙されるであろう極上のミステリーを創り上げる事に成功した。

 前半は人物紹介と状況説明を絡めながら犯人から第1、第2の脅迫メールが届き、一気に緊迫感が増してゆく様子がテンポ良く描かれる。その合間にアングストロームと謎の人物が留置場で面会している場面が脈絡なく何度も挿入されるが、その人物の正体が明かされる衝撃と共に後半は一気に謎解きが進んでゆく。そして予測を超えた驚愕のどんでん返しが連続し、手に汗握る時限アクションも展開する。その見事さは、劇中でも言及される『オリエント急行殺人事件』や『ユージュアル・サスペクツ』『スリー・ビルボード』などの傑作群に並ぶと言っても大げさではないはずだ。

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