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[2019.07]ますますおもしろいブラジル音楽新世代 MINAS GERAES

[「ミナス音楽を聴こう!」特集のために2017年6月号より再掲]

選・文●花田勝暁(編集部)

 ミルトン・ナシメント、ロー・ボルジェス、トニーニョ・オルタらを輩出した1960年代末の「クルビ・ダ・エスキーナ」。その再来として現代のミナス・ジェライス州の音楽シーンが注目されている。本誌でも、2014年5月号で、「ミナス新世代」の特集を行なった。

 それから3年ほどたち、再び「ミナス新世代」が多方面から大きな注目を浴びているが、同特集号が売り切れで紹介できないことにもどかしさを感じていたことも、本号で新世代ブラジル音楽のシーンをまとめて紹介したいと思ったきっかけであった。

 選盤にあたり、前回取り上げたものは取り上げないという考えもできたが、そういう経緯があるので、アレシャンドリ・アンドレス、ハファエル・マルチニ、クリストフ・シルヴァのアルバムについては、特に重要な作品として、再度取り上げることにした。

 この3年にも素晴らしい作品が数多く届けられたが、ミナスで活躍する女性歌手/女性シンガーソングライターの共同体「コレチーヴォ・アナ」に参加する女性たちの作品がとりわけ輝いていた。レオノラ・ヴァイスマン、イレーニ・ベルタシーニ、ルイーザ・ブリーナ、デー・ムッスリーニらの作品である。

 同特集では、ミナス新世代にも2世代あり、第一新世代が生まれたのは2000年代初頭で、「ヘシクロ・ジェラル」というライヴ・ハウスに集まる若い音楽家たちが1つの連帯を作っていった。マケリー・カー、クリストフ・シルヴァ、セルジオ・ペレレ、チターニといった音楽家たちである。

 彼らに続く第二新世代は、ミナス連邦大学で音楽を学ぶ学生たちが、第一新世代の音楽家との共演や、学生間の連帯を経て成長した面々で、ハファエル・マルチニ、アントニオ・ロウレイロ、アレシャンドリ・アンドレスが活躍している。

 この第二新世代周辺の音楽家は、器楽と歌の境界を超えていくような高度な音楽楽理を踏まえた音楽性が特徴だが、よりバンド・サウンド志向の音楽家たちが形成するインディー・シーンからも、ミナス特有の歌心を備えた魅力的な作品が生み出されている。

■Alexandre Andrés『Macaxeira Fields』(2013)

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 ウアクチのフルート奏者であったアルトゥール・アンドレスを父に持つアレシャンドリ・アンドレス。ソロ2作目は、今もこのシーンを代表する一大傑作として燦然と輝く。アンドレ・メマーリをプロデューサーに迎え、ビートルズやクルビ・ダ・エスキーナらの影響下にあるアレシャンドリの美しさ溢れ出る楽曲たちが、創造性あふれるオーケストレーションで彩られている。本人の歌も素晴らしいが、モニカ・サウマーゾ、タチアナ・パーハ、フアン・キンテーロらのゲスト・ヴォーカルの歌も絶品。

■Rafael Martini『Motivo』(2012)

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 ミナス連邦大学の音楽学部出身で、ミナス・シーンの最重要ピアニスト/アレンジャーとして尊敬を集めている。数多くのアルバムにアレンジャーとして参加しているが、自身のアルバムは寡作で、リリース当時、新しいブラジリアン・ジャズの到来を予告する重要作となった本作が、目下の最新作である。日頃から活動をする音楽家仲間たちと、自然の中で短期間で録音した本作の演奏には、躍動感と高揚感に満ちる。待望の次作は、ベネズエラのオーケストラと自作曲を録音した作品だという。

■Joana Queiroz, Rafael Martini, Bernardo Ramos『Gesto』(2016)

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 日本のスパイラル・レコードが、上述のアレシャンドリやハファエルと活動をともにしてきたリオ出身のクラリネット奏者、ジョアナ・ケイロスに、新作の録音について相談したことから誕生した本作。ジョアナとリオで活動をともにするギタリストのベルナルド・ハモスと、上述のハファエルとのトリオでの録音。ベルナルドのエレキ・ギターやハファエルのエレピの音に、ジョアナのクラリネットのアコースティックな音色が有機的に絡み、新しい世界が生み出されていく。

■Joana Queiroz Sexteto『Boa Noite Pra Falar Com oMar』(2016)

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 リオ出身で、現在はリオ、サンパウロ、ミナスを拠点に活動するジョアナ・ケイロス。エルメートの愛弟子イチベリの「イチベリ・オルケスタ・ファミリア」に参加、同グループでのワークショップや演奏活動で、ミナスの音楽家たちと交流を深めていった。ミナス録音の本作でもリオとミナスの音楽家が参加している。。「セステート」と謳っているが、曲ごとに編成は変わっている。半数の曲でヴォーカルがあり、親しみやすさを持つ半面、聴き込むほどにその独特の個性の虜になっていく。

■Coletivo Ana 『Ana - Amostra Nua de Autoras』(2014)

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 「作家の裸をみせる」という名前をもつこのユニットは、ミナスの女性作家8人によるコラボレーション・ユニット。レオポルヂーナ、レオノラ・ヴァイスマン、デー・ムッスリーニ、ルイーザ・ブリーナ、イレーニ・ベルタシーニらがミナスの女性作家たちの魅力を示すために、ハファエル・マルチニとフェリピ・ジョゼという気鋭のアレンジャーを迎え、作品を録音するという一時期なプロジェクトのはずだったが、お互いに刺激し合う制作を経て、創造性溢れる声楽アンサンブルの傑作が誕生した。ユニットも継続している。

■Frederico Heliodoro『Acordar』(2014)

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 アフォンシーニョを父に持つフレデリコ。新世代ミナス派のシーンでトップ・ベース・プレイヤーとして活躍、ジャズ/インスト寄りの自身のリーダー作品を発表し注目されてきた彼が、自分のメロディックなオリジナル曲をギター片手に歌ったのが本作だ。父譲りの歌声は柔らかい。彼の「スリーピースバンド」の専属ギタリストはペドロ・マルチンス、ドラムはフェリピ・コンチネンチーノ。気鋭の才能が集結し「ロック」する。ポストロックの先を行く、ブラジリアン・ポストロックの傑作だ。

■Leonora Weissmann『Adentro Floresta Afora 』(2016)

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 画家/造形作家として第一線で活動するレオノラ・ヴァイスマンは、00年代後半、夫であるハファエル・マルチニと「ケブラペドラ」というグループでヴォーカルを担当していた。ユニットへの参加や、ゲスト参加という形ではなく、再度、音楽家としてもその才能を発揮する作品が待たれる中、満を持して発表された本作。夫のハファエルだけでなく、ミナス新世代の中でも前衛音楽への造形が深いハファエル・マセードがプロデューサーとして参加。ミナス新世代の多様な才能が集う、マジカルなアンサンブルが生まれた。

■Jennifer Souza『Impossivel Breve』(2013)

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 ミナスの2つのバンド、シンザ(Cinza)とトランスミソール(Transmissor、レアンドロ・マルケス参加)のヴォーカルとして活動してきた女性シンガーソングライター、ジェニフェル・ソウザが発表したファースト・ソロ。バンドでの歌声も魅力的だったが、本作では自作曲をたんたんと披露する中で、聴くものの胸を締め付けるような彼女の歌声の純度が更に増している。シンプルながらミナスのポップス/ロックの歌の伝統を継承するミナス・インディー・シーンで生まれたマスターピースな「うた」のアルバムだ。

■Irene Bertachini & Leandro César『Revoada』(2017)

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 オーガニックなサウンドが特徴のグループ「ウルクン・ナ・カーラ」で活動をともにしたヴォーカルのイレーニと、マルチな器楽奏者のレアンドロ・セーザルによるユニット。2013年発表のソロ作でも、伸びやかな歌声とオーガニックなサウンドが特徴であったが、創作楽器を得意とするレアンドロとの連名でポルトガルで録音を敢行した本作のテーマは、「言語を超えた音楽/感性の邂逅」。イレーニのフォルクロリックな世界が更に広がり、感性の前に、青空と海と森が立ち上がってくる。

■Makely Ka『Cavalo Motor』(2014)

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 クリストフ・シルヴァ、パブロ・カストロともにマケリー・カが2003年に残した『A Outra Cidade』には、ミナス第一新世代の音楽家が集結し、新しい世代の誕生を高らかに示す役割がある作品であった。中でも、「詩人」という側面の強いマケリーは、同世代を代表する知性派としてシーンの中心にいる。本作は、ミナスの干ばつ地帯を自転車で半年あまり旅をしたインスピレーションから生まれた作品。詩情と同時に、土ぼこりも感じさせる本作の重厚な音世界は、文学的かつ映像的でもある。

■Luiza Brina E O Liquidificador『Tão Tá』(2017)

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 本号でのインタビュー内で、本作におけるカエターノ・ヴェローゾ『リーヴロ』から受けた影響を語っているルイーザ・ブリーナ。チェンバー&クラシカルな管楽によるアンサンブルと、アフロブラジル的なパーカッションが絡むその世界は、確かにカエターノの傑作『リーヴロ』に通じる。ルイーザのペンによる楽曲は、知性と遊び心に溢れ、キュートなポップ・ソングとしても響く。ルイーザがこだわった大判ポストカード仕様のアートワークにも注目したく、トータルで楽しんで欲しい傑作だ。

■Kristoff Silva『Deriva』(2013)

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 ミナスの第一新世代を代表する才能。ハファエル・マルチニやアントニオ・ロウレイロらを従え、高度なバンドサウンドで、ルイス・タチらサンパウロの知性派に通じる柔らかな世界を披露した07年の第1作『Em Pé no Porto』に続く本作では、エレクトロニカと生楽器・歌声が対峙することで、クリストフ・シルヴァの音楽は、さらに深化した。しかしながら、サウンドにおける「歌」や「歌詞」の重要性は増しており、彼の唯一無二の作曲家/歌手としての才能に惹かれていく。

(月刊ラティーナ2019年7月号掲載)

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