[2021.10] 松田美緒インタビュー|ウルグアイの巨匠、ウーゴ・ファトルーソのプロデュースにより歌い手としての本領を発揮した宝物のような歌曲集『La Selva』
インタビュー・文●吉本秀純
松田美緒『ラ・セルヴァ』
公式サイトから購入可能 http://laselva.miomatsuda.com
ポルトガル、カーボ=ヴェルデ、南米各国などの世界各地の歌とリズムを奔放に歌いこなし、近年は『クレオール・ニッポン』(14年)を契機に日本の国内外の民謡の発掘にも力を入れて大きな反響を集めてきた松田美緒。そんな彼女がコロナ禍のなかで完成させた最新作『ラ・セルヴァ』は、かつて2枚のアルバムを一緒に制作したウルグアイ音楽界の重鎮にしてキーボード・マエストロのウーゴ・ファトルーソ(Hugo Fattoruso)と、約10年ぶりに全面コラボした作品となっている。世代や国境を越えてお互いにリスペクトし合う音楽家同士がリモートを駆使して作り上げ、ウルグアイ音楽の多彩な魅力とどこかマジカルな空気感に満ち、久々の南米モノで歌い手としての本領を発揮した新作について語ってもらった。
"Hurry!"
1st Single from Mio Matsuda's New album “La Selva” , produced by Hugo Fattoruso
music video
Directer: Kosuke Arakawa (https://www.kosukearakawa.com)
▼
松田美緒 photo by Kosuke Arakawa
Hugo Fattoruso
⎯⎯ まずは、再びウーゴ・ファトルーソとコラボすることになった経緯からお願いします。
松田美緒 ウーゴとは2010年と11年に2枚のアルバムを作って、2012年までの3年間に一緒に南米でコンサートをしたりしたんですね。その後は『クレオール・ニッポン』をやることになって、ずっと日本の歌探しをしていたんですけど、またウーゴと一緒に音楽をやりたいなという気持ちはずっとあって。ウーゴと歌う時の、音楽だけに没頭できる快感というか、天に昇るような、ホントに音の中にいるような感覚が忘れられなかったんですよね。で、パンデミックになった時にいろんな人が亡くなっていくのを見ていて、私が初めてリスボンに行った時からお世話になり、目標としていたアンゴラの歌手のヴァルデマール・バストス(Waldemar Bastos)が去年の8月に亡くなったんですよ(※死因はコロナではなかった)。彼といつか録音するのが自分の人生の目的のひとつだったし、2019年に最後に彼とリスボンで会った時にも一緒に録音しようねと言ってくれていたんですけど……。そこで夢でも叶わないことがあるんだとすごくショックを受けて、やっぱり後悔はしたくないということで、去年の8月に自分がドキュメンタリー映画監督の古木洋平さんたちと一緒にやっている〝Through The Window〟という配信ライブ・シリーズの3回目に、ウーゴやフロレンシア・ルイスに〝今、この時代に出来てくる歌を唄いたい〟とお願いして歌を送ってもらって。その時にウーゴから送られてきたのが、今回のアルバムの5曲目に収録されているギターで作られた「トンボの旅路」だったんです。
⎯⎯ やりたいことは、やれるうちにやっておこうと。
松田美緒 ウーゴは79歳で元気だし、100歳以上までやると思うけど(笑)。でも、時間というのは待ってくれないし、ウーゴの曲ばかりを歌うCDを作りたいなと言ったらホントに考えてくれて、自分の曲と自分が選んだウルグアイの曲や一部アルゼンチンの曲も送ってくれて、もう彼にお任せでアルバム制作を始めましたね。去年の10月から2ヶ月くらいかけてウーゴが向こうで最高のカラオケを録音して送ってくれて、私はそれをiPhoneで毎日流しながら部屋で歌って、今年の2月に録音をしました。
Hugo Fattoruso(左)と松田美緒(右) photo by Paula Rojas
ソリス劇場(モンテビデオ)|2012年
Albana Barrocas(左) と Hugo Fattoruso(右)
⎯⎯ 以前のコラボ作と比べると、今回のウーゴはアコースティック・ピアノを一切弾かず、独特の音色のシンセや電子ピアノ、リズム・ボックスなどを多重録音で駆使したスペイシーな1人オーケストラ状態で(打楽器類は現在のパートナーのアルバナ・バロッカス[Albana Barrocas]が担当)。時代性やトレンドなども超越した、彼ならではのマジカルなキーボード・ワークが堪能できるのも最高です。まるで、ウルグアイの国内レーベルから出している、何の縛りもなくやりたいようにやったソロ作のようだし(笑)
松田美緒 そうですよね、そこが嬉しいなと思って。今回はトラックは完全にウーゴにお任せだったんですけど、以前の作品で一緒にスタジオで録音していたからこそできたことだと思います。曲のキー確認で大変なことがあったり、練習した音源を送ってココはこういう風に歌った方がいいよ、というアドバイスを受けて勉強になったりはしましたけど、基本的には向こうもすごく喜んで褒めてくれましたね。
⎯⎯ ウーゴの方も以前にコラボをしているから、また一緒に作る機会があればこういう曲を歌わせたい、といったアイデアも持っていたでしょうね。
松田美緒 (カルロス・)ガルデルのタンゴを歌わせたい、というのはずっと言ってくれていたんですけど、今回も2曲入っているし。あと、やっぱりウルグアイのルーツ音楽とポピュラー音楽を基本的に選んでくれているから、さすがにウーゴらしいなと思ったし、こんな曲を歌わせてくれてありがとう! と嬉しかったですね。
Hugo Fattoruso(左)、松田美緒(中央)、Ruben Rada(右)|2011年
⎯⎯ ウーゴのオリジナル曲以外では、数多くカバーもされてきた鬼才エドゥアルド・マテオの大名曲「Esa Tristeza」に、ハイメ・ロースの父親が作曲した本作の最後を飾るカンドンべ・チューン、チャマリータのリズムを使ったアルフレッド・シタローサの曲など。新旧のウルグアイ音楽の多彩な魅力が、うまく凝縮されたアルバムになっていると思います。ガルデルの2曲は、意識しないで聴いていると気付かないほどに斬新なアレンジで驚いたけど(笑)
松田美緒 まず最初に送られてきたのが7曲目の「Cualquier Cosa」だったんですけど、私もビックリしました(笑)。ウーゴはいつか古いボレロの曲ばかりを私に歌わせたアルバムも作ろうと言ってくれているんですけど、それも彼のアレンジと演奏で〝宇宙ボレロ〟みたいになると思います。
⎯⎯ アルバム・タイトルの『ラ・セルヴァ』は、雄大でスペイシーなイントロから幕を開ける1曲目から取られていて〝密林〟という意味ですけれど。
松田美緒 今回は密林というタイトルなんですけど、それは1曲目の歌詞から来ていて、密林というのは人を導く光があって、人間の命を育んでいるというか。で、ウーゴの音が、酸素がない宇宙で生い茂る密林のようなイメージで、今回のアートワークをやってもらった Gak Yamada さんにそれを伝えて素晴らしいのを作ってもらいました。だから、全部ひっくるめて日本とウルグアイの共作による〝密林〟みたいな感じで、MVも徳島の山の中まで撮りに行ったし、会えなくて距離があるからこそ、向こうが私に贈ってくれたプレゼントに自分たちも返すという感覚で作っていきました。録音はウーゴとだからリモートでもまったく問題なかったんですけど、その後に形にして出していく方が大変でしたね。
⎯⎯ 今回は美緒さん自身でレーベルを立ち上げてのリリースだし、アルバムの世界観をCDパッケージなどにもこだわりながら伝えようという意志をより強く感じます。
松田美緒 なんか出来心で、ウーゴがこんなに送ってくれたし、今までと同じように誰かに任せるんじゃなくて全部自分でやりたいと思っちゃったんですよね……。途中でやっぱり誰かに任せた方が良かったと思いましたけど(笑)。でも、後悔のないように、人生の大道楽として作ろうとやってみたんですけど、大変でした。こんなことするのは、もう今回だけですよ(笑)
⎯⎯ しかし、歌モノの伴奏としてはかなり大胆かつ凝った音作りをしながらもちゃんと歌を引き立てるサウンドになっているし、確実にこの作品でしか聴けないウーゴの持ち味が全開になったアルバムだと思いますが、改めてウーゴ・ファトルーソという人の魅力について聞かせてくれませんか?
松田美緒 とにかくビッグバンみたいに、パーン! と破壊して創造するような人なんですけど、すごく温かくて豊かな人なんですよね。なんか大地とか海に根付いている人だし、情緒も豊かな人だから、初めて一緒に演奏してもらってファドを歌った時にも、2人で一緒に泣いたんですよ。その時にもう通じ合ってアルバムを作ろうとなったんですけど、ホントに素晴らしいマエストロでありながら、同時にモデスト(謙虚)な人ですね。あとは、彼自身がすごくルーツ音楽を尊敬していて、カンドンべはもちろんタンゴなどの南アメリカの音楽、アラブ音楽も好きで、地球上のいろいろな人たちがずっと歌ってきたルーツにすごく敬意を持っていて、今年で65年のキャリアなんだけど、ウルグアイ音楽のルーツに誇りを持ってずっとカンドンべをやっているところにも影響を受けました。だから私も『クレオール・ニッポン』をやりたいと思ったし、ウーゴと一緒に南米を公演して回った経験は大きかったですね。
⎯⎯ なるほど。近年に日本の歌を探求するきっかけになったのも、実はウーゴだったんですね。
松田美緒 南米で日本の歌を何かやってと言われた時に、これは何か借り物みたいだなと思ったことがあって。そこで胸を張って私のルーツ音楽はコレです、と言えるようなものはないかな? と探すようになったんですよね。
⎯⎯ また、今回のアルバムは高音質な UHQCD(Ultimate High Quality CD) でプレスしている点も聴きどころですね。配信やサブスクが日本でも主流になっていく中で、わざわざCDを買って聴くことの意義や利点を改めて問う作品でもある、というか。
松田美緒 最初は LP で出そうと考えていたんですけど、実は自分もレコード・プレイヤーを持っていないしプレス費用も高いなと思っていたら、UHQCDがあるよと教えてもらって。でも、結局はアナログ盤をプレスするよりも高かったんですけど(笑)、普通にCDプレイヤーで再生ができるし、100枚作っても70枚しか生き残らないCDだからと聞いて。ずっと持っておきたいなと思うモノを作りたかったし、CDってもうなくなるとずっと言われていますけど、結構まだ長い間もっていますよね? みんな配信とかで済ませるようになっていますけど、盤を買って聴くということを楽しんでもらえれば。
(ラティーナ2021年10月)
松田美緒 photos by Gak Yamada
ここから先は
世界の音楽情報誌「ラティーナ」
「みんな違って、みんないい!」広い世界の多様な音楽を紹介してきた世界の音楽情報誌「ラティーナ」がweb版に生まれ変わります。 あなたの生活…