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[2021.07]【中原仁の「勝手にライナーノーツ」⑫】 YOÙN『BXD IN JAZZ』

文●中原 仁

───── 中原仁の「勝手にライナーノーツ」─────
近年、日本盤の発売が減少し、日本における洋楽文化の特徴である解説(ライナーノーツ)を通じて、そのアルバムや楽曲や音楽家についての情報を得られる機会がめっきり減った。
また、盤を発売しない、サブスクリプションのみのリリースが増えたことで、音楽と容易に接することが出来る反面、情報の飢えはさらに進んでいる。
ならば、やってしまえ!ということで始める、タイトルどおりの連載。
リンクを通じて実際に音楽を聴き、楽しむ上での参考としていただきたい。
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 近年、マームンヂ、リニケール、日本盤も出たタッシア・ヘイス、バイーアのマジュールなど、ブラジル版ネオソウルの歌手が続々と出てきた。堀内隆志さんが選曲した『鎌倉のカフェから - café vivement dimanche 25th Anniversary』(2019年)もネオソウルのコンピレーション盤で、収録アーティストの一人フラヴィア・ケーは、日本盤CDもリリースされた。プリシラ・トッサンのデビュー作『Iceberg』が「2020年ブラジル・ディスク大賞」関係者部門の3位に入り、今年の5月には10代のアグネス・ヌネスのシングル盤「Vish」がJ-WAVEの「TOKIO HOT 100」にランクインするなど、日本にもジワジワとうねりが来ている。

 ブラジル・ネオソウル勢の中で、何枚かのシングルを聴いて気になる存在になっていた男性2人組がヨウン(YOÙN)。先日、ファースト・アルバムを配信でリリースした。

 ヨウンは、GP(ジアン・ペドロ)とシュナ(別名アリソン・ジャズ)のデュオ。シュナはギターを、GPはヴァイオリンを演奏する。

 10代からの友人だった2人のホームタウンは、バイシャーダ・フルミネンセと呼ばれるリオ北部の郊外にある、ノヴァ・イグアス市。住民の多くが中流以下の階層だ。2人は2017年、地元とリオ市中心部のセントラル駅を結ぶ電車の中で歌い、演奏を始めた。

 2019年、Joint Musicからリリースした曲「Meu Grande Amor」が、Spotifyおよびオフィシャル・ヴィデオのYouTubeで再生回数100万回オーバー。注目の存在となった。

 ヨウンの魅力は、声の良さ。とくにシュナのハイトーンの歌声には艶やかな色気がある。ヴァイオリンも演奏するGPの歌声にはヒップホップ・マナーもあり、2人のバランスが良い。

 その後もシングル曲を発表。「Nova York」のオフィシャル・ヴィデオは、洗練された彼らの音楽が都市のストリートに根ざしたものであることを伝えている。

 そしてファースト・アルバム『BXD IN JAZZ』。曲は全て2人の共作(他の共作者が加わった曲も)。ほぼ全曲、ミディアム・テンポ以下で、色っぽい歌声が生きるメロウな旋律だ。R&Bを土台にトラップの手法も取り入れ、音数を限定したサウンドからは、典型的なブラジルらしさは感じとれないかもしれないが、彼らが敬愛するジャヴァンの音楽からの影響も聞こえてくる。

 ちなみに現地のメディアのインタビューで2人は、影響を受けた音楽家としてジャヴァンのほか、ルイス・メロヂア、マイルス・デイヴィス、ジョン・コルトレーン、スティーヴィー・ワンダー、ダニー・ハザウェイ、最近の世代の音楽家としてPJモートン、タイラー・ザ・クリエイター、スミノ、ロバート・グラスパーらの名前をあげていた。

 多くの曲でキーボードを演奏し、弦アレンジ、プロダクションを担当するのは、ルクス・フェヘイラ(Lux Ferreira)。彼はマームンヂの『Para Dias Ruins』、ドゥダ・ビーチの2021年新作『Te Amo Lá Fora』のプロデューサーでもあり、サウンド・プロダクションの冴えた腕を披露している。

 また、先にあげた先行シングル曲「Nova York」の弦アレンジは、新世代のジャズ・ピアニスト、ジョナサン・フェール(Jonathan Ferr)が行なっている。

 全体に高品質なネオソウル仕立てだが、ジャヴァン直系のハネたリズムに乗った「Inebrio」では後半でパーカッションが登場しアフロ・ブラジル濃度が上昇する。ジャズ色の強い「Welcome」をはさみ、ラストの「Cores e Peles」でも6/8拍子のパーカッションが登場し、最後にほんの一瞬だがビリンバウの音も聞こえる。こうしたアフロフューチャリズモな展開に次作への予告をこめたとすれば、まずます期待が膨らんでくる。

 ちなみにこのアルバムには収録されていないが、ヨウンがジルベルト・ジルの息子と孫(フラン、ジョアン、ジョゼ)のトリオ、ジルソンズ(Gilsons)と共作・共演したシングル「Besteira」(2020年)も、アフロフューチャリズモを展開した曲。オフィシャル・ヴィデオの冒頭には、ジョナサン・フェールらがジャズを演奏する映像も収められている。

 そもそもネオソウルと呼ばれるジャンルは、R&B/ソウルにヒップホップ、ファンク、ジャズ、エレクロトニカなどの多彩な要素がミックスされたもので、音楽のスタイルはとても幅広い。ヨウンが今後、アフロ・ブラジルの音楽要素をさらに積極的に取り入れていけば、英米にはないブラジルのネオソウルが誕生することだろう。それが楽しみだ。

(ラティーナ2021年7月)

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