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[2017.04]【連載 ラ米乱反射 #132】米州南北間の歴史的矛盾が爆発 トランプ米政権に翻弄されるメキシコ

文●伊高浩昭(ジャーナリスト)

 私は1967年3月1日、長距離バスでメキシコ市に到着、職業ジャーナリストになった。それから半世紀が過ぎた。私の記者生活とラ米取材はメキシコから始まったのだ。だが、そんな感慨に浸る暇がないほど忙しい。メキシコは今、北隣の巨人・米国の大統領ドナルド・トランプに揺さぶられ続けている。3240㎞の墨米国境は両国間の境界線であるだけでなく、米加両先進大国とメキシコに始まるラ米大陸を分ける境なのだ。すなわち米州の北と南の境界であり、地政経学的かつ社会文化思想的に広義の「南米」が始まる地点である。このラ米の最前線が〈炎上〉している。

 私は50年前、墨都メキシコ市に着く少し前に米アリゾナ州ノガレス市から国境をまたいでソノラ州ノガレス市に入り、あまりにも対照的な南北両世界の落差に愕然とした。私のラ米時代の出発点は、まさに墨米国境での原体験にある。トランプに攻めまくられるメキシコ大統領エンリケ・ペニャ=ニエト(EPN)の惨めな姿が見るに堪えないのも、8年余り取材拠点として住んだメキシコへの思い入れがあるからだ。国境に象徴的に現れる両国間の歴史的矛盾は、21世紀第2・10年期後半に入って爆発したのだ。私は自分の職業生活半世紀の節目に何か運命的なものを感じている。

▼国境差別の壁

 トランプは1年前、共和党の大統領候補指名を勝ち取るための選挙戦を、常軌を逸したメキシコ攻撃で開始した。暴言を吐きメキシコ人を扱き下ろし、「国益と国境を守る壁を建設する」と息巻いた。この余りにも時代錯誤的で突拍子もない公約が大受けし、トランプは大方の予想を裏切って勝利を重ね、候補者指名を手中に収めてしまった。2016年11月8日の大統領選挙で対抗馬ヒラリー・クリントン民主党候補を交わして当選するや、嵩にかかってメキシコ叩きに走り、今年17年1月20日就任した途端、壁建設、両国貿易均衡化のための規制、在米メキシコ人不法移住者追放と、メキシコいじめを政策として真っ先に打ち出した。

 貿易規制とは、米加墨3国間に1994年元日発効した「北米自由貿易条約」(TLCAN)、英語では「北米自由貿易協定」(NAFTA)の見直しである。米国の3大貿易相手国は中加墨。これら3国と比べ貿易額が半分以下の4位が日本、5位がドイツだ。貿易額が1位の中国と大差のない2、3位の加墨両国との貿易は、米国にとってもTLCAN/NAFTAが重要である事実を示している。16年の墨米貿易は総額5800億ドルで、メキシコが600億ドルの出超だった。トランプは、ここに目を付け「不公平だ」と罵った。だが出超600億ドルに含まれるメキシコの農産品・農業加工品が出超となったのはTLCAN発足後3回しかない。またメキシコの対米工業輸出品の8割には米製部品が40%入っており、これが米国人500万人に職を与えている。結局、米墨加3国はTLCAN見直し交渉を今年半ばにも開始することになった。米政府の公式な立場は、「NAFTAは発足から23年経ち、時代にそぐわなくなった」というものだ。

 「トランプの壁」は人種主義と帝国主義の壁だ。イスラエルによるパレスティーナ侵略の壁への悪しき連帯表明に他ならない。ラ米を見下す壁、貧者を蔑む壁だ。超自国優先主義者でファシズムの空気さえ漂わせているトランプは、米全土が反共中毒に罹ったマッカーシズム期を想起させる。米国に貿易の80%を依存する途上国メキシコと米国の不平等と従属関係は今や赤裸々に暴かれた。クリントン政権期の1994年、TLCAN発効に合わせた不法移民防止策「ゲイトキーパー作戦」として始まった壁建設で、「アメリカンドゥリーム」の遮断も始まった。後継のブッシュ、オバーマ両政権も建設を続け、「人間隔離の壁」は総延長2500㎞に達した。壁建設開始からの23年間に越境者1万1500人が死んだ。「戦略的同伴者」、「友邦同士」という伝統的呼び方は虚偽でしかなかった。米国は「友人のいない、利害を持つだけの国」の素顔を剥き出しにした。

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米テキサス州エル・パソ(手前)とメキシコ・チウアウア州フアレス市を結ぶラス・アメリカス橋。橋の下は国境河川ブラボ(グランデ)川(2016年6月7日撮影)

 国境の壁建設には120~150億ドルかかると見積もられている。トランプは建設費をメキシコに払わせると言い張り、墨大統領EPNは拒否した。トランプは壁建設の政令を1月25日発し、2日後にEPNと電話で会談した。その内容は米側報道で暴露されたが、ひどいものだった。

 トランプは「我々はメキシコ人とメキシコを必要としない。壁を造るが、建設費は好むと好まざるとに拘わらず、あなたたちが支払うことになる。墨産品に関税10%をかけ、米国への打撃が大きい品目には35%をかける。メキシコから流入する麻薬が米都市で大虐殺を続けるのを許さない。もし墨軍が組織犯罪取締りに無力ならば、麻薬業者と対決するため米軍を派遣せざるを得なくなるだろう」と高飛車にまくし立てたというのだ。関税収入を壁建設費に回そうとの算段だ。

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