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[2022.9] 【島々百景 第75回】 沖縄祭り 日本祭り

文と写真:宮沢和史

 沖縄県国頭郡金武町出身の社会活動家である當山久三は当時の沖縄の人口増加と食糧難という問題を打開するために、すでに日本では始まっていた海外移民の道を切り開き、1899年に第一回沖縄移民団をハワイへ送り出した。ご存知の通り、その後日系移民はアジア、南北アメリカ諸国へと生活の拠点を広げていった。移民というと海外の国々へ、ということになるが、もちろん、新天地を求めたり、一時的な出稼ぎ目的で日本国内を移動し生活してきた国内移民史がある。

 以前、この島々百景でも取り上げたが、大阪の大正区といえば沖縄にルーツを持つ人達が多く暮らすエリア。沖縄が貧しかった時代、島外に雇用を求めるために大正区や尼崎などの関西圏、関東では東京や川崎市や横浜市鶴見区などに先人を頼って多くの人が海を渡った。大正区には沖縄居酒屋さんや沖縄そばやさんが点在していて以前から機会を見つけては散策してきたのだが、沖縄の本土復帰50年の今年、もっとこの場所のことを知りたくて、大正区、そして、沖縄県人会をまとめてらっしゃる方々と知り合うことができ、年中行事の一覧表を見せてもらうと、ここは沖縄のいち自治体なのではないかと思うほど充実していて驚いた。8月に平尾公園で行われた「RIVER大正区エイサー祭り」を観に行くと想像以上に多くの団体、出演者、お客さんで大盛況。自分も何度か出演している沖縄各地の夏祭りと同じ光景だった。そこはもう大阪にある沖縄なのだ。この平尾公園というのが住宅地の一角にあって、仮設ステージの後ろ側はマンションだったりして、普通ならこのような環境で大音量のエイサーの祭りの開催は難しい。主催者が近所を周り理解を得ているからこそ可能なのだろう。そして、何より、毎年多くの人がこのお祭りを楽しみにしているからこそ開催できているのではないだろうか。最近では沖縄県内でもエイサーの時期に合わせて各地でエイサーの練習をしていると苦情が来ることが多くなっているという。他県からの移住者には数日から数週間に渡るエイサーの練習の音が耐えられないというのだ……。

 沖縄の祭りが行われているのは国内だけではもちろんない。自分はハワイでもペルーでもブラジルでもアルゼンチンでも体験し、歌を歌ってきた。その規模といったら想像を遥かに超えるものだった。もちろん沖縄祭りとは別に “日本人祭り” も行われるわけで、その規模はさらに大きくなる。南米最大の国で日系人の人口が150万人とも、それ以上とも言われているブラジルの首都サンパウロの日本祭りは三日間でなんと毎年15万人から20万人の来場者数を誇っている。2018年の日本祭りの盛り上がりは特に凄かった。この年は日本人ブラジル移民110周年にあたり、日本祭りの期間中に同じ会場でその式典が行われたからだ。日本祭りの会場はサンパウロ最大の展示場サンパウロ・エクスポ展示場で、幕張展示場と同じような用途ではあるがその大きさには度肝を抜かれる。何とその展示場は内部に式典のための舞台と、5000人収容できる客席を作ってしまうほどの巨大さなのだ。ブラジルのスケール感にはしばしば驚かされる。ブラジルの、というよりはブラジル人ひとりひとりの人間力が結集するとものすごいエネルギーが生まれるのだろう。広大なアリーナ部分をフルに使った沖縄のエイサーや獅子の舞い、日本の太鼓や三味線の演奏などをステージに着席するブラジルと日本、日系社会の出席者と観客が大いに楽しんだ素晴らしい式典となった。

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